マッドパーティードブキュア 153
再び歩く群れの外はやはり混沌に満ちた世界だった。花を咲かせた家具が舞い、石の質感をした果実が転がりまわる。メンチはもう道の外に行ってみようという気持ちにはなれなかった。隣で歩くテツノを見る。テツノの肌の曖昧な輪郭は道の外に見える抽象的な事象とひどくよく似ていた。
それとも、と心の内で考える。自分が外に行ったらテツノと同じような存在になれるのだろうか。それならば、あるいは。
「メンチ」
ふいに、テツノがメンチの方を向いて呼び掛けた。
「どうした?」
驚いた様子を押し隠して、メンチは答える。
「疲れてない?」
「なんだよ、急に」
「いや、休まないで歩き始めちゃったから」
「それは、別に」
メンチは首を振る。確かに先ほどの獣との二連戦にはそれなりに体力を消耗していた。けれども、すぐに歩き出さなければならなかった。すくなくともメンチはそう感じていた。
少しだけ振り向いて、影の男の方を見る。男は道の先を見つめながら黙って歩いている。あの時歩き出さなければ、男はあの群れに留まり続けていたかもしれない。
やらなかった後悔は長く心をすくませる。群れの中での平穏な暮らしは、選ばなかった旅立ちへの未練をもたらし、ゆっくりと影の男の心を翳らせていっただろう。メンチはそれは避けるべきだと思ったし、避けたいとも思った。あまり重要でない他人の行動だというのに。
影の男が一人で自分の家に籠っている様子を想像すると、じくりと心臓の一部が痛んだ。果実の古くて悪くなった部分のように、ずっと取り除けない痛み。そこにずっと前からあって痛み続けていた部分。そこにあることさえ忘れていたのに、なぜだか今改めて思い出してしまった痛み。
男を放って群れを旅立てば、その痛みがもっとひどく痛むように思えた。
だからメンチは男が同行することに頷いたし、すぐに旅立つことを提案したのだ。きっとテツノの症状のことを別にしてもそうしていただろう。
【つづく】
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