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マッドパーティードブキュア 286

 身を隠すことなく、むしろ堂々とマラキイは歩を進めた。
 瘴気の立ち寄らぬ球状の領域。その中央に見えるラゲドはあいかわらず熱心な様子で天空の方陣を見つめていた。一歩、マラキイは前にでる。ラゲドの顔が微笑んでいるのがわかる。期待に満ちた顔だ。
 マラキイの接近にラゲドが気がついている様子はない。仮説は当たっていたようだ。ラゲドのいる領域と、マラキイのいる領域は切り分けられていて、互いに干渉できないのだろう。
 さらに一歩、前に踏み出す。
「おやおやおやおや」
 どこからともなく、声が聞こえた。獣の唸り声のような低い声だった。あたりを見渡す。声の主はどこにもいない。そのように見える。
「罠にかかった間抜けが一匹」
 ふいに、空間の表面がはがれた。何もない空間の空中が内側から皮をむくように、ぺりりと剥がれ落ちる。そこから姿を現したのは一匹の獣だった。
 直線で構成された四つ足の獣、体中に真っ白な袋状の器官がくっついている。その獣の顔はつるりとした人間の男の顔をしていた。
「どなたさんだい?」
 マラキイは目を見開き、獣を見つめた。まっすぐな面で構成された獣の姿は、均整の取れた美しさがあった。ドブヶ丘の街で見かけることのない美しさ。そして、だからこそその獣の頭部から覗く一切の体毛を剃り落とした人間の顔との組み合わせは、見るものにグロテスクな印象を与えていた。
「それはこちらのせりふだな」
「正黄金律教会のもんかい?」
 獣の言葉を無視して、マラキイは尋ねる。獣は目を細めてマラキイを見返してくる。
「マラキイ、という名前の歪みのものかな。お嬢ちゃんは」
「お嬢ちゃんってのはやめな」
 獣もまた、マラキイの問いには答えない。慎重に、慎重に聞こえないように気をつけながら、言葉を投げ返す。探り合いの会話。見知らぬ敵との戦いでは、どんな言動が勝敗をわけるともわからない。
「仕留めるつもりなら、わざわざ声をかけない方がいいぜ」

【つづく】

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