マッドパーティードブキュア 126
喉を動かして、声を出すと、次第に世界にまとまりが戻ってきた。心配そうに覗き込むメンチと女神の顔を視界に収める。安心させよう微笑んで見せる。頬が歪にこわばって、上手く笑えたかわからない。メンチたちの肩越しに一組の男女が見えた。驚いたようにテツノを見下ろしている。
誰だろう?
浮かんだ疑問に対する答えは直ぐに頭の中で構成された。男はここまで案内してくれた影で、女はこの家の主だ。どうしてひと目見たときに気がつかなかったのだろう。今まではどのように見えていたんだろう。もう思い出せない。体を起こして、あたりを見渡す。
無秩序はすっかり収まっていた。なにかが変わったわけではない。紫の葉っぱに、マーブルの空。家や窓から見える外の風景はあいかわらず、馴染みのない色や形や組み合わせをしているけれども、今ではそれは無秩序の発露ではなく、あるがままの有り様に見えた。昔からそうであったし、これからもずっとそうであるというような。もし変化するとしても、それは一連の流れ行く変化の一切れに過ぎない。飛んでいる矢が止まって見えるように。
「大丈夫ですか?」
おずおずと影の男が訪ねてくる。テツノはなんとか頷いて見せる。影の男と、影の女に向かって。
影の女が不思議そうな顔をして、影の男に耳打ちする。
「見えているのかな?」
ざわめきのような囁き声は確かにテツノの耳の中に意味を持って響いた。
「見えているし、聞こえていますよ」
影たちが驚きに目を見開き、顔を見合わせる。同時にメンチが首を傾げる。
「大丈夫か?」
「え?」
「声、変だぞ」
「ああ」
メンチの言葉を聞いて、気がつく。
「あー、あー、これで大丈夫かな」
何度か声を出して、調整する。声の出し方の位相が、まるで異なっていた。影たちのざわめく囁き声の話し方と、メンチたちと話す声の出し方。
知らなかったはずのざわめきの話し方を、テツノの喉はすでにすんなりと受け入れていた。
【つづく】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?