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【連載版】コッペリアの末裔 vol.2 背後には気をつけろ

夜道を一人の女性が歩いている。足音が響く。

「ジキエさん」

突然、背後から声を掛けられる。振り向くと一人の男。

その顔を見て女性は緊張をほどく。

「ああ、先輩ですか。どうしたんですか?」

先輩と呼ばれた男は無表情に答える。

「送るよ」

「大丈夫ですよ」

「いいえ、このあたりは最近物騒ですから」

「それじゃあ」

頷いて振り向く。その背中で男の腕がほどけ、鋭い爪が剥き出しになる。

高く振り上げられる爪、女性はそれに気が付かない。

ああ、心臓の弱い皆様は目をつむりください!

「そこまでだ!」

路地に力強い声が響く。振り返る暴漢と女性。

そこには緑の防護服を着た男。顔には防護マスク。腕には大きな銃を抱えている。防護服の男は暴漢に向かって叫ぶ。

「善良な市民を狙う、アンドロイドめ。大人しく投降しなさい!」

「なんだ貴様は! ふざけるな!」

暴漢は男に向かって突進する。男は慌てることなく、狙いをつけ、撃つ!

一発! 二発! 三発!

暴漢の左腕が、腹部が、顔の右半分吹き飛ぶ。しかし、突進の勢いは衰えない。残った右腕の鋭い爪が男に迫る。

間近に迫った暴漢に、男は拳を突き出す。

次の瞬間、暴漢は吹き飛んだ。

残身を取る男の拳から煙が立ち上る。あれは狩猟課の秘密兵器ナックルボムだ!

「大丈夫ですか? お嬢さん」

男は腰を抜かした女性を助け起こしながら言う。

「ありがとうございます」

突如、男の防護服を可愛くディフォルメしたキャラクターが現れて画面のこちら側に向かって語り掛ける。

「アンドロイドは皆さんの隣に潜んでいます。なにか不審なことがあればお近くの狩猟課まで。人類の平和を守るのは君だ」

◆◆◆

キャラクターの声は温かな春の日差しの降り注ぐ屋上に空々しく響いた。

「なんかなぁ」

端末をしまう私に、オルトは感想ともいえない言葉を漏らした。

「リガオさんのこと?」

「どう思う?」

オルトの口角が上がっていない。とても珍しい。

「どうって……狩猟課が来たんだから、そうなんじゃないの?」

「アンロはどう思うんだよ」

オルトが問いかける。私は言葉に詰まって空を見上げた。完全に制御された雲一つない空。オルトは何を聞きたいんだろう。

アンドロイドがクラスメイトになりすましていて、それがばれて狩猟課に連れられて行った。それだけの話じゃないのだろうか?

「だから……リガオのこと、アンドロイドだって、思ったことある?」

「思ってはいなかったけど、そんなすぐわかるようなら、なりすませないでしょ」

「そうだけどさ」

そう言うとオルトはも空を見上げる。

私もオルトも帽子を被っている。電波除けの銀の帽子。私はキャップタイプで、オルトはやけに角ばった帽子。

つまらない授業を抜け出して時間を潰すのにこの屋上はうってつけでも。遮るもののないここでは、このダサい帽子なしだとあっという間に変な電波を受信してしまう。昔、それで頭を悪くした生徒がいたらしくて、屋上に入る扉は厳重に鍵が閉まっている。

オルトとサイエがそれぞれ物理錠と電子錠を開けたのは、去年の夏のこと。

以来、私たちはときどきここで日向ぼっこをしている。

「サイエは?」

「教室」

オルトのpingを受けた時、ちらりと横目で見たサイエは机をにらみつけたまま黙り込んでいたので、そのままにしておいた。あの顔つきのときのサイエは話しかけないほうがいい。

「あいつも、思うところあるのかね」

オルトはポケットから物理書籍を取り出しながら言った。私は眉を寄せた。

「サイエのこと嫌いだと思ってたけど」

「好きじゃないだろうけど、そう言うのだけじゃないんじゃない」

「じゃあなに」

「納得したいんじゃないかな、たぶん」

「納得?」

「うーん」

物理書籍のページを開いたままオルトは目をつむる。珍しく歯切れが悪い。

突然、扉が開いた。

「よう。二人とも」

小さな体が座り込んでいる私たち二人を見下ろしていた。サイエだ。

「今日、わたしんちに来ない?」

有無を言わさぬ声。断られるなんてちっとも考えていない口調。

私とオルトは逆らう気にもなれず、頷いた。

◆◆◆

サイエの家は旧商店街駅前商店街の奥まったところにある。昔はタバコ屋だったらしい。今でも常連さんには時々売っているらしいけれども、もうお店自体は閉めてしまっている。

ひっそりとした玄関は古めかしい引き戸。いつもこの玄関を開けるときは少し昔にいるような気がする。

「ただいま」

サイエに続いてオルトと二人引き戸をくぐる。

「ん、いらっしゃい」

居間から声がした。ちらりと見ると、おばあちゃんのピンと伸びた背中が見えた。外にいるときから聞こえていた滑らかなカチャカチャという音はおばあちゃんがキーボードを叩いている音だと気が付いた。

この速度を聞くと生体回路を開いていないのに管理局とか闇市場とかの番人に尻尾を掴ませたこともないというのは本当のことのように思えてくる。

「あ、おじゃまします」

「します」

私とオルトは慌てて挨拶をする。

「ゆっくりしていきな」

おばあちゃんは画面をにらんだまま言った。

「サイエ、棚に羊羹あるから切って持ってきな」

「あい。二人とも先行ってて」

サイエは台所に姿を消した。私たちは先にサイエの部屋に向かう。

二階へ続く階段の下、物置部屋から梯子を下りると、少し広い空間にたどり着く。広さは学校の教室くらい。梯子の周りは非常に雑然としている。いくつかのコンピューターとスクリーン。それに部品を引っこ抜かれた何かの機械、メモが書き込まれた紙や板切れ、飲みかけの合法カフェイン飲料の瓶が転がっている。

混沌のエリアをなんとか抜けるとその反対側は秩序が広がっている。壁には工具とマニピュレーターが整然と並んでいる。その反対側に製図台。磨き上げられた道具たちがある種の美意識のもとに整列していた。

ここがサイエの部屋、私たちの秘密基地。

「すまん、待たせた」

混沌と秩序の境目で、『作品』の進捗を見ていると、サイエが部屋に入ってきた。危なっかしく片手にお盆を持ったまま、片手で梯子掴んで下りてくる。そのまま、ガラクタを跨いだり乗り越えたりしながら、比較的頑丈そうなガラクタを私たちの方に蹴ってよこす。

「まあ、座ってよ」

「前イス作らなかったっけ?」

「その辺にあるはずなんだけどね」

オルトが尋ねる、サイエは混沌の山のあたりをあいまいに指した。わざわざ探しに行く気にはなれない。サイエがよこしたガラクタに腰を下ろした。オルトは自分の作業場から椅子を引っ張ってきて座ると尋ねた。

「それで?」

「私は納得はしてないからね」

サイエは羊羹をひと口齧ると吐き捨てるように言う。

「お前が納得してなくたって、どうしようもないだろ」

「リガオがアンドロイドだって、本当にそう思うの?」

「思いはしないけどさ」

私は羊羹を齧りながら、二人の言い合いをぼんやりと聞いていた。オルトも自分の分に手を伸ばして、言葉を続けた。

「そりゃあ、思ってはいなかったさ。でも、そうだとしてもおかしくはない、だろ」

「いや、おかしいって」

サイエの否定を聞いて、オルトは羊羹を咀嚼しながら、天井を見つめた。古めかしい蛍光灯が青白く部屋の中を照らしている。オルトは羊羹を呑み込むと、お茶をすすって口を開いた。

「裏市行くとさ、いるんだよ。アンドロイド。見てわかるやつもいるけど、そうでない奴もいる。喋ってたら、なんか変だなって思うやつとか。でも、たぶん、そうでない奴も混じってる」

だろ? とオルトが同意を求めてくる。オルトが資材を買いに裏市に忍び込むのに、時々私も荷物持ちに駆り出される。確かに変わった言葉遣いをする店員を何度か見たことがある。

一度、裏市買い物をしていると何かが爆発したことがあった。飛んできた建物の破片でオルトと話していた店員の頭が吹き飛んだ。その頭から機械が覗いているのを見て、初めてそれがアンドロイドだったことがわかった。

その時のことを思い出しながら、オルトに頷いた。

「多分ね」

「リガオもそうだったってこと?」

「さあ。だから、わかんないよ。そうだったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない」

「それが嫌なんだよ」

サイエは乱暴に羊羹を噛んで呑み込んだ。荒々しくお茶を流し込む。

「このままだとさ、ずっとわかんないじゃん。リガオがアンドロイドだったかどうか。べつにどっちでもいいんだ。アイツが人間そっくりなアンドロイドでも、それとも普通の人間がなんかへましただけでも。ただ、それがどっちなのかわかんないのが嫌なんだよ。だって、それじゃあ……」

「じゃ、どうするんだよ?」

口をへの字にして黙り込むサイエにオルトは羊羹を呑み込んでから尋ねた。サイエはお盆をにらみながら口を開く。なぜだか猛烈に嫌な予感が私の背筋を走り抜けた。

「……狩猟課のデータを見る」

「無理だろ」

オルトは間髪入れずに答える。素人考えにもそれはわかる。管理局の防壁を破ってデータを見るなんて、それこそサイエのおばあちゃんぐらいの腕がないと不可能だ。

「外からなら無理だけど、中から鍵をあければいい」

サイエはニヤリと笑った。私の嫌な予感は次第にひどくなっていく。どうしてオルトはサイエを止めないんだろう。

「忍び込むんだよ。物理的に。そりゃ私はハッカーとしては半人前だけどさ、ここには半人前のスラッシャーがいるだろ」

そう言ってサイエはオルトを見た。オルトはため息をつきながら、答える。

「私は一人前だよ」

「なら、もっといけるってことじゃん」

二人は淡々と話を進めていく。私は何も聞かなかったことにして、帰りたくなった。羊羹をお茶で流し込んで立ち上がる。

「じゃあ、私はこの辺で」

「何言ってるの?」

振り返ろうとした私の腕を、オルトがつかんだ。サイエが呆れたように言う。

「実行役がいるだろう」

「どっちかがやりなよ」

「バックアップはハードとソフトで二人が鉄則」

「それに、あれはアンロに合わせて作ってるだろ」

そう言って、オルトは混沌と秩序のエリアの境目を指差した。そこにあるのは黒衣を着たマネキンが一つ。

マネキンを一回り大きく見せる、大ぶりな袖、顔を隠す分厚いフード。

その光沢のない布地に隠されて、無骨なシリンダーが覗く。

これが私たちがここに集まる理由、三人の共同作品。

作品名は『クロエ』

サイエがプログラムして、オルトが設計した、私に合わせて作られた強化外骨格。

クロエを着たマネキンが招くように私を見つめていた。

【つづく】

これは今週の分です。どのくらい続くのかは未定です。

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