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マッドパーティードブキュア 335

  沈黙を破ったのは一つの響きだった。
 どこからともなく聞こえてくる、美しい響きだ。音と音が絡まり合い、心を穏やかにするような旋律だった。どこからこんな音が? 静謐に陥ろうとするマラキイの思考が、かろうじて疑問に辿り着く。こんな音楽が自然に発生するはずがない。であれば。
 天を見上げる。黄金の腕があった。ラゲドの置き土産。正黄金律教会の兵器。
 音の発生源はその腕だった。腕がたおやかな動きで空を撫でるたびに、厳かな音が発生していた。空気のうなりか、秩序の方陣の諸相の一つか。秩序で構成された腕は、生み出す音さえも秩序と均整で構成されている。その音が響き合い、聞く者の心を落ち着ける音楽を形作っていた。
 マラキイは目を見開いた。音は問題ではなかった。問題は腕の動きだった。舞うような腕の動き。その腕が通過するたびに、形容しがたい色の空は、透き通るような青空へと変貌していた。輝きに満ちた青空で、ところどころに穏やかな白い雲が浮かんでいるのが見える。
 動き出したのだ。マラキイはそう直観した。
 マラキイは仲間たちに目を戻す。皆呆けたように、音に耳を傾け、天を見上げている。
「おい」
 声をかけて肩を揺さぶるが、誰もが一心不乱に天を見つめている。混沌の街に生きる者たちこそ、実際に現れた秩序には心惹かれてしまうのだ。
 ふと、マラキイの脳裏に一つの手段が浮かんだ。両手に魔法少女の力を籠める。手のひらになじみの温もりが広がる。だがいつものように握りしめるのではなくて、マラキイは手のひらを思い切り広げた。
 ぱあん!
 あたりに乾いた音が響いた。マラキイが手を打ち鳴らしたのだ。ドブキュアの力、ドブヶ丘の魔法少女力のこめられた音が、天に輝く腕の奏でる旋律を乱す。
 は、っとメンチたちが我に返る。
「なにが起きた?」
「あれが、動き出した」
 メンチの問いかけに、マラキイは短く答える。
 もはや考える時間はなさそうだった。

【つづく】

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