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マッドパーティードブキュア 91

 糊のきいたワイシャツに染みのないエプロン、首元には黒色の蝶ネクタイ。背が高くすぎて顔はよく見えない。男はその手にお盆を持っている。
「当店はレストランですので、眠るのは注文してからにしていただけると」
「え、ああ、はい」
「お決まりになりましたらお呼びください」
 男は紙を机の上に置いて立ち去った。
 メンチとテツノは紙を覗き込む。どうやらメニュー表のようだ。のたうつミミズのような奇妙な模様は文字だろうか。メンチとテツノには読むことができない。
「どこの文字だ?」
「さあ?」
 テツノは首を傾げた。
 ドブヶ丘にはドブ文字と呼ばれる文字がある。外の文字をいろいろに吸収して独自に発達した簡潔で単純な文字だ。地区ごとに多少の違いがあり、読み取るのさえ困難な差異があることさえある。
 紙に刻まれた文字はテツノもメンチも見たことのない文字だった。どこのドブ文字ともかけ離れた文字に見える。
「ズウラさん」
 テツノがズウラを揺り起こす。この一段の中で一番頭がいいのはズウラだとテツノは思っている。ズウラは唸りながら目を開く。
「なんでやすか?」
「これ、読めます?」
「え?」
 ズウラが混沌酔いにぐったりとした顔で、突然押し付けられたメニュー表に顔を近づける。しばらくそうして見てから首を傾げた。
「なんでやすか? これ」
「わたし、これがいいな」
 文字の塊の一つを指さして言ったのは女神だった。
「え?」
「ご注文おきまりですか?」
 すっと、男が現れた。起こりも気配も見えない動きだった。
「これ」
「はいかしこまりました。おいくつにいたしましょう」
「あー、それじゃあ」
 ズウラがテーブルを見渡して言う。
「5つで」
「はいかしこまりました。少々お待ちください」
 恭しく言って、男は来た時と同じように姿を消した。
 一同は男のいなくなった空白をあっけにとられて見つめた。
「あー」
 ズウラが頭を振りながら言った。
「とりあえず、一休み、しやすか」

【つづく】

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