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マッドパーティードブキュア 353

 メンチが斧を振り上げて、振り降ろす。完璧なタイミング、必殺の一撃。メンチの斧はたしかに天使の頭部を捉えていた。魔法少女の力をエンハンスされた斧の勢いに、マラキイは縦に両断される天使の姿を予測した。だが
「え?」
 驚きの声が消失したマラキイの意識に僅かに残った。消失は数瞬だった。マラキイは自分が気をつけの姿勢で直立していることに気がついた。
 過程はなかった。すくなくとも意識できる過程は。ページの抜けたドブグラム(無電源視覚幻覚剤)のように意識が不連続になっている。
「てめえ! なにしやがった!?」
 怒鳴り、足を踏み出す。踏み出したはずだった。だが、踏み出した右足は地面から離れようともせず、左足の隣で静止している。
「あなたは大人しくしているべきです」
 機械の声が聞こえる。脳みそに直接刻まれるような硬質な声だった。声を認識すると、それはマラキイの思考と同化した。
 マラキイは自分の意志で気をつけの姿勢を取っていた。隣にはメンチが並んでいる。同じく気をつけの姿勢をとっている。当然だ。自分たちはそうするべきだ。
 黄金の言葉がマラキイの意識を形作っていた。酷く穏やかな気持ちだった。平穏で、すべてがあるべきところに収まっている。
 今の立ち位置、姿勢も安定している。このままずっとこうしていよう。次第に思考も静まっていくのを感じた。けれども考えてみれば思考も稼働させておく必要はないのだ。
 ふと手のひらに苛立たしい手触りを感じた。ぐねぐねと変わり続ける不定形の力だった。それの制御は自分にある。なくしてしまえば良い。そう思った。だからそうした。苛立たしい感触は消え去る。そのはずだった。
 苛立たしさは消えない。消したはずなのになにか混ざりあった部分が消えてくれない。どころか消えた部分から別種の不快感が湧いてきた。ズキズキと自己主張する不快感。自分が、マラキイが完璧でないと大声で喚くような不快感だった。

【つづく】

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