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マッドパーティードブキュア 87

「たぶん、大丈夫、だと思う」
 隙間の様子をうかがいながら、テツノはおずおずと言う。
「本当か?」
「うん、そう言ってた」
 マラキイとズウラは顔を見合わせて首を傾げる。影は何も音を発していなかった。顔にも影がかかり、唇も読めない。
「わかった、言ってみよう」
 メンチは隙間に一歩近づいて覗き込んだ。手に持った斧で隙間をつんつんとつつく。隙間は固まり切っていてもう動かない。
「これどこに通じてるんだ?」
「この地区の隙間たちは自分たちだけの通路を持っていると聞いたことがありやす」
「これが、それってことかい?」
「ええ、瓦礫の混沌にメンチさんの斧の混沌を合わせたことで、入り口が精製されたんだと思いやす」
「それで、これに入るとどうなるんだ?」
 メンチの疑問に、ズウラは首を傾げる。
「でも、きっと悪いことにはならないよ」
「その根拠は?」
 マラキイは疑わしげな目をテツノに向けた。
「根拠は、ないですけど。でも、あの影の人達が入るように言ってたじゃないですか」
「信用できるとは限らんぜ」
「でも、騙す意味もなくないですか?」
 テツノの言葉にズウラは考え込む。そもそも孫転地区の隙間は人格ではなく現象に過ぎない。少なくともそう考えられている。地区の混沌が凝縮され像を結んだものだ。今回はたまたまそれが酔客の形をなしたに過ぎない。その行動も混沌の諸相の一つだ。仮にそれらがどこかを指し示したように見えたとしても……
「やっぱりやめておきやしょう。不確定要素が多すぎやす」
「そうだな」
「でも、じゃあどこ行くんだよ」
「下水にでも潜るか……」
 案を頭に浮かべながら、ふとズウラは振り返る。
「コン……トーン」
ズウラの目にうす平べったい獣が写った。獣は瓦礫の影でウトウトと眠る女神に手を伸ばしていた。
「女神さん!」
 ズウラは女神に駆け寄り、奪い取るように引き寄せた。
「コントォオオン!」
 獣が怒りの声を上げ、爆発するように体を膨張させた。

【つづく】

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