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マッドパーティードブキュア 68

 梯子が姿を消したのは他の扉と変わらない一つの扉だった。老婆が扉に耳をあて、様子を伺う。
「誰かいる。一人だ」
 小さな声で老婆が告げる。メンチは斧を手に持ち、頷き、ドアを開けるよう身振りで示す。老婆も頷き、指で三、二、一と示す。
 老婆の指が全て握り込まれ、扉が開く。即座にメンチは部屋の中に躍り込んだ。
 予測される迎撃を躱すジグザグの軌道を取りながら、部屋の中の様子を伺う。
 それなりに広い部屋だった。メンチたちの酒場のホールくらいはあるだろうか。いたるところに本の山が築かれていて酷く手狭に思える。部屋の中央にひときわ大きな山があった。どうやら机の上に積まれているらしい。
「え、なになになに?」
 机の上の本の山から驚きの声が上がった。まだメンチのことを視認できてはいないらしい。メンチは本の山から本の山へ飛び移りながら、机に肉薄する。
「なんですか、あなたは!」
 机の裏に踊りこむと、情けない悲鳴が聞こえた。そこで腰を抜かしていたのは、青白い顔をした女だった。糊のきいたスーツに太い黒縁の眼鏡。長い髪を後ろに撫でつけている。床にへたり込んだ女性は怯えた目でメンチを見上げている。
「お前は誰だ?」
「え、あ、私ですか? メリアです。その、この図書館の管理人です」
 蚊の鳴くような声でメリアと名乗った女性は言う。
「前の図書館からか?」
「前?」
 メリアはきょとんと首を傾げた。メンチの言葉がまるで理解できないという顔をしている。
「この図書館がこんなになる前からいるのかって聞いてるんだよ!」
「ひえ!」
 メンチが声を荒げると、メリアは怯えて机の下に隠れた。
「わかんないですよ、私はずっとここにいただけなんですよ」
「そうか」
 メンチを見上げるメリアの眼差しから敵意はうかがえない。そうだとするとこの状況は誰がもたらしたのだろうか。改めて辺りを見渡す。
「そうか邪魔したな」
「ええ本当に邪魔しないでくださいよ」
「え?」

【つづく】

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