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マッドパーティードブキュア 149

「でも、私たちには」
「あなたはもう変わったのだから」
 女神が影の言葉を遮った。影を見上げながら、女神が言葉を続ける。
「やることを変えてもいいんじゃないかな」
「そうですか?」
「そうだよ。弔いというのはね、死んでいった人のためだけにやるんじゃないんだよ。遺された方が、前に進むためにもやるんだ。きっとあなたはもう、失われてしまうことを知って変わってしまったんだから、前のままじゃあ、もうどこにも行けないんだよ」
 影は伏せたまま考え込んだ。
 メンチは影のうつむいた後姿を見つめた。
 外の街、メンチたちの街、ドブヶ丘では命はさほど重たいものではない。油断をすればすぐに命は失われる。自分の命も、隣にいる誰かの命も。全ての命が弔われるわけではない。
 単純に屍を拾う者のいない場合もあるし、隣の人が疲労だけの余裕がないこともある。それでも、できる範囲で埋葬されることが多い。それは単純に生き返った死者が生者に害をなすことが多々あるからだ。
 ただ、女神の言うことは正しい。弔われなかった死者は、たとえ生き返らなかったとしても生者に害をなすことがある。弔われなかった死者は生者が命の危機に瀕したときに「呼ぶ」のだと、ドブヶ丘では広く信じられている。実際、死者をほったらかしにしておいた住人は有意に死に近づきやすくなる。
 だから、ドブヶ丘の死者は多くの場合何らかの手段で埋葬される。影がそれを見ていたのだとしたら、同じような価値観を身に着けたとしてもおかしな話ではない。
 メンチは隣のテツノを横目で見つめた。テツノは影の男と同じように物思いにふけった顔で、家の隙間をぼうと見ている。不在の空間、そこに消えた影の女を思い起こすように。
 もしもあの女をこのままにすれば、いつか彼女に呼ばれることがあるのだろうか。自分やテツノのことを。じくりと頭の奥が痛む。顔のない誰かが頭の中で手招きをしている。いつか弔わなかった誰かだ。

【つづく】

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