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電波鉄道の夜 108

【承前】

 バリバリと音を立てて、小屋が裂けていく。暖炉の光の暖かさに、夜が急速に入り込む。瓦礫は落ちてこない。不思議に思って見上げる。貪欲な腕たちは掴んだ小屋の欠片を離さない。掴んだままに次の部分をもぎ取ろうとする。
 それでも数え切れないほどの腕たちは止むことなく恐ろしい速さで小屋を引き裂き続ける。どんどん小屋が分解されて消え去っていく。
「やめろ! やめろ!」
 女性が叫ぶ。僕の手を振り払う。クナイを振りかざしてあたりの腕を斬りつける。僕も女性の背後にできる空白に潜り込み、座っていた椅子を振り回して亡者たちを牽制する。
「ここがなくなってしまったら、ここがなくなってしまったら」
 鳴き声のような悲鳴で繰り返す。斬撃は目にも止まらぬ速さで、一太刀ごとにバラバラと床に転がる。
「お姉さんが帰ってこれないじゃないか!」
 腕たちは他の腕が斬り付けられても気にすることなく小屋を分解し続ける。その勢いは止まらない。もう壁も天井もほとんどなくなってしまった。腕たちの群れが調度類に手を伸ばす。たちまちに椅子が、机が連結と意味を失い木っ端になっていく。
「それは駄目!」
 ひときわ大きな声で女性が叫んだ。見ると一塊の腕たちが壁際に立てられていた棚に群がっていた。女性は亡者たちを斬り伏せながら棚の方に駆け寄る。
 けれども暗い目の腕たちは獰猛な速さで思い思いに棚を掴み取り木材に分解していく。棚の中にあった物たちも、千切られ、引き裂かれ、無意味に還元される。
「あ」
 女性が声を上げる。一対の腕が革の箱を掴んでいる。大きな傷。救急箱だ。
「なにしよんなら!」
 裂帛の気合。クナイの一閃。箱を掴んでいた手が床に転がる。箱とともに。空の手たちが箱に殺到する。思わず僕も手を伸ばしていた。
 指先に皮の感触。掴み、丸くなって腹の中に抱え込む。怒りに満ちた気配。群がっていた腕たちが僕の背中を殴打する。略奪品を横取りするなと叫ぶように。

【続く】

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