【連載版】コッペリアの末裔 vol.7 迷路は続く
梯子を下りて、穴の先。
そこは奇妙な空間だった。
おばあちゃんの部屋みたいな八畳の和室。違うのは四方が同じような障子で囲われているってこと。
どこを向いているのかわからなくなりそう。
無人機の姿は見えない。
あてずっぽうで適当な障子を開ける。
その向こうにはさっきと同じ部屋が広がっていた。障子を閉めたらさっきの部屋と区別がつかないほど、そっくりな部屋。天井の降りてきた穴がないだけ。
嫌な胸の高鳴りを感じながら、正面の障子を開く。
やっぱりまるっきり同じ部屋。
無人機はどこに行ったのだろう。耳をすましても何の音も聞こえない。
正面の障子を開く。同じ部屋。
正面の障子を開く。同じ部屋。
正面の障子を開く。同じ部屋。
どこまで続くのだろう。試しに右手の障子を開いてみる。
そこにあるのはやっぱり同じ八畳。
障子を開く。障子を開く。障子を開く。
同じ部屋。同じ部屋。同じ部屋。
何度も繰り返す。もう何度だろう。終わりなく部屋が続いているように思える。来た道順の通りに引き返しても元の部屋に戻れない。そんな不合理な考えが頭に浮かぶ。
障子を開く。障子を開く。障子を開く。
同じ部屋。同じ部屋。同じ部屋。
何度目かの部屋。
障子に手をかけたところでふと、何かを感じた。
金属の軋み、モーターの唸り、それともオイルの匂いかケーブルを流れる電流。
とっさに身を沈める。
左手の障子が砕けて何かが迫る。私の頭があった場所を鉄塊が円を描いて通過する。
屈めた体勢から肩で胴を狙う。
硬い手ごたえ。金属の手ごたえ。
反撃の肘打ちをかわして距離を取り、向き直る。襲撃者もこちらを窺うように距離を取った。
人間ではない。フードからミラーシェイドのカメラアイが覗く。
さっきの無人機だ。
「ごめんなさい。迷子になっちゃって」
カメラの向こうの操作者に声が届くことを祈って、声をかける。
「…………」
無人機は何も答えない。操作者は無視しているのか、それとも存在していないのか。どちらにせよ、無人機は構えを解かない。私と同じくらいの体格。半身になって両腕を開いて水平にした構え。やっぱり鏡を見ているような違和感。回復剤の缶をそっと置く。その動きに反応したのがわかる。
来る。
畳みを蹴って無人機が距離を詰めて来る。無数のフェイントから牽制の左ジャブ。払って右に回り込む。ボディに掌底。回し込んで右の膝が顔を狙って飛んでくる。
逡巡の間はない。
とっさに右腕を滑り込ませる。なんとかガードが間に合う。衝撃に歯を食いしばる。軸足を蹴りつけて後ろに回って、距離を取る。
たとえ相手が物言わぬ機械でも、殴り合う一合は雄弁に語り合うように相手のことを知らせる。どこかなじみのある言葉のように。
同じ体格でも機械の重量の一撃は威力が大きい。戦闘専用の無人機でないようのは幸い。もしそうだったらガードごとへし折られていた。
向き直る無人機に、今度はこちらから仕掛ける。足の関節部分を狙う下段蹴り。
反応される。
軸をずらして内に入ってくる。左腕が顔を狙う。腕を払い落として向き直る。わずかに下がったのが見える。
次の動きを私は知っている。知っている? どうして?
小さく踏み込んでの胴を狙う左蹴り。左腕と脇でキャッチ。
無人機に焦りが見えたのは幻覚だろうか。モーターが回転して引き戻そうとする。戻させない。軸足を払うと同時に胴を抱え込む。腰を落として持ち上げる。
もがく無人機。きつくクラッチ。放さない。
脚と腰と胸と腕の筋肉が同調して金属の塊をリフトアップする。
「どりゃあぁぁぁ!」
咆哮が喉からほとばしる。持ち上げた無人機を背中越しに畳に叩きつける。
機械の質量が重力に引かれ、致命的なダメージを与えた。なおも動こうとする無人機の背中を踏みつけ、腰のあたりを掴む。金属の抵抗を無視して、そのまま引き上げる。
「うらぁ!」
金属の折れる音と手ごたえ。二つに折られた無人機は指令系を分断されて機能を停止した。
「ごめんなさいね」
一声かけて離れる。筋肉回復剤の缶を拾い上げる。少しへこんでいるが、中身は無事だろう。
先に進もうと障子を開ける。部屋の中を振り返る。無人機は力なく蠢めいている。同調を欠いた部分部分の動作は噛み合うことなく、無意味なけいれんを繰り返すばかりだ。
無表情なミラーシェイドに私の顔が見つめ返している。
◆◆◆
障子を開く。障子を開く。障子を開く。
同じ部屋。同じ部屋。同じ部屋。
障子を開く。障子を開く。障子を開く。
同じ部屋。同じ部屋。同じ部屋。
ひたすらに同じ部屋が広がっている。息をついて肩に食い込む無人機を背負い直す。ずっしりとした重みが、体力を削っていく。
今のところ無限の部屋の向こうの持ち主からのアクションはなかった。無人機が完全に自立行動をしていたのか、そう思わせようとしているだけなのか。
残骸を調べたところで私には何もわからなかったけれども、組み合って感じるものはあった。戦闘用機械の動きではなかった。人間の動きを機械にさせている動き。
足が止まる。無人機の戦いの動きを思い出す。半年間、私が忘れないように思い出し続けてきた、体に刻み込んできた動き。オルトとサイエがクロエに仕込んだ戦闘システム。
私が無人機を担いだのは、持ち主に聞いてみたいことがあったからなのだろうか。それだけではないのかもしれない。
少なくとも、置いていくことはできなかった。無人機のミラーシェイドが取りすがるように見つめているような、そんな気がしたのだ。それが幻想なのはわかっていたのだけれども。
とりとめのない考えを振り払って正面の障子をあける。
部屋は変わらない様子で延々と続いている。数えてはいないけれども、80か90か、もしかしたら100部屋も歩いたかもしれない。
なにか、音が聞こえた気がした。幻聴? 耳を澄ませる。
今度は確かに聞こえた、気がする。
ノイズの交じったなにか、生き物の叫び声のような。そちらの方向の障子を開ける。
障子を開く。障子を開く。障子を開く。
同じ部屋。同じ部屋。同じ部屋。
音はだんだんと大きくなる。叫び声に混じって音楽や人々が話し合う声も聞こえるようになった。なんの音だろう。見当もつかない。10部屋、20部屋を通り過ぎる。予感に鼓動が高まっていく。
26部屋目、障子を開ける。
その部屋は今までと違った。
元は他の部屋と同じ八畳だったのだろう。けれども今、部屋の畳の上にはいろんな種類の映像媒介がたくさんの山を作っていた。両側の障子が見えなくなるくらいの大きな山。
唯一空いている正面の障子に映像が映し出されていた。大きな生物が吠え、建物を崩している。
部屋の中央に古い投影機。
その隣に一つの機械がうずくまっている。四角い金属の箱を組み合わせたような機械。
「やれ! そこだ! ぶっ壊せ」
私に気が付いていないのか、機械が映像に向かって声を上げている。やけに気合の入った合成音声。振り上げるマニピュレーターには天然オイルの缶が握られている。
「ん、お帰り、クロエ」
機械がセンサー部分だけで振り返る。
「お前は……!」
モニターが驚きの色を示す。スピーカーから合成音声が漏れる。マニピュレーターから天然オイルの缶が落ちる。畳にこぼれて液体が黒いシミになって広がっていく。
映像の中で大きな生き物が火を噴いて吠える。部屋に咆哮が響く。
やがて機械が言った。
「誰だ?」
【つづく】
書きました。
今週は武田綾乃の『響け ユーフォニウム』の中川夏紀外伝「飛び立つ君の背を見上げる」が発売されましたね。
私は買いました。現在初回特典の冊子とエピローグを読んで精神が半壊しかけております。やべえ。読み終わったときに人のカタチを保てるかどうかわからねえ。
皆さん買いましたね? 買ってないなら買いましょう。買え。
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