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Vol.11 決戦ライブ! ドブドブホール!

2000の瞳が熱狂に浮かされてステージを見つめていた。ステージの上には高らかに歌い上げる少女。最近このドブヶ丘で圧倒的な人気を誇っているアイドル、お馬ヶ時お宮だ。

しっとりとしたバラードが終わり、お宮は一つ息を吐く。余韻を破って割れるような拍手がホールに響き渡った。お宮は傍らに置いたペットボトルから一口水を飲むと、再びマイクを握った。

「ダイコクダイナマイトでした」

再び割れるような拍手。

「今日は来てくれてありがとー、こんなドブ川みたいな町だけど、今日来てくれたみんなはサイコーだよ」少し上気した顔でお宮が叫ぶ。観客からは怒号じみた歓声が返ってくる。

「じゃあ、次行ってみようか! 次の曲は……」

お宮の言葉に客席は静まり返る。期待に満ちた静寂。その時、爆発音が響いた。

「なんだ!」

振り向いたお宮の目に半壊したセットが映った。爆破されたように煙が立ち上っている。

「やー、やー、やー、楽しそうなことしてるじゃないか」

煙の中から声が響いた。煙はすぐに晴れ、声の主が姿を現す。薄汚れたワンピースのその人物は顔に神秘的な仮面をつけていた。その後ろにはやはり仮面をつけた人物が、3人控えている。

「このライブは我々、メガミ・オブ・アンディフィートが頂いた」

仮面の人物は高らかに宣言した。

◆◆◆

「それでは、ライブの成功を祝して」

お宮の乾杯の号令と共にグラスを合わせる音が響いた。酒場アンディフィートはかつてないほど賑わっていた。店長は大いなる売上への予感に胸を高鳴らせていた。お宮と彼女のバンドメンバーに諸々のスタッフ、ついでにいつもの女神やキュアドレインの姿も見える。

いや、店長も今夜ばかりは彼女らに感謝していた。御馬ヶ時お宮のドブドブホールでのライブの打ち上げをアンディフィートにしようと提案したのは女神たちだったからだ。

「店長、ビール持ってきますね」

手伝いに回ってくれているつるぎこが声をかけ、冷蔵庫から瓶を数本取り出す。

「ん、おねがい」

その時、店内にばきりと破壊音が響いた。

「なんだ?」

音の方に目をやると、割れた机の上に大柄な男がひっくり返っていた。お宮のバンドのドラマーだ。彼の右手は別の右手に堅く握られていた。その手は黒くぼやけた右手、キュアドレインのものだった。気に入ったのかライブのときの仮面をつけたままにしている。一瞬遅れて二人を囲んでいたギャラリーたちが歓声をあげた。店長は先ほどの感謝の気持ちを撤回することにした。

キュアドレインがガッツポーズをして、男に手をさしのべる。どうやら腕相撲でもしていたらしい。周りでドブ券のやり取りがされているところを見ると、賭けも行われていたようだ

肩を叩いて健闘を称え合う、男とキュアドレイン。暖かな拍手が沸き起こる。ざわめきを遮って、良く通る声が響いた。

「なかなかやるな、メガミ・オブ・アンディフィート。だが、そいつは我々は御馬ヶ時一座では最弱」

「なんだと!」

不敵に笑うのはお馬ヶ時お宮その人だった。

「そいつは聞き捨てならねえな」

おもむろ答える声。立ち上がったのは薄汚れたワンピースの女性。不思議な意匠の仮面を反対向きにつけている。

「その男はうちのキュアドレインが打ち倒した相手、そいつにケチつけるとはうちらにケチつけるのと同じこと」

もうすでにずいぶんアルコールが入っているらしく、女神は大仰な調子でお宮をにらみつける。

「だとしたら?」

「アヤつけられて黙ってられるか、勝負しろ! お馬ヶ時お宮!」

「ああ、いいでしょう。女神さん、そんじゃあ、なんでケリつけます」

「ここをどこだと思っていやがる」

「なに?」

「酒場の勝負はこれしかあるまい」

言って女神はジョッキを2つ机に置いた。

「飲み比べ一本勝負、受けるかい? それとも逃げるかい?」

「もちろん、受けるさ」

にやりと笑ってお宮がグラスを受け取ると、ギャラリーは大きな歓声を上げた。

「女神に3」

「バカいえ、おれはお宮に4だね」

早速賭けを持ちかける声が交わされる。

「どうします」

呆れた表情を浮かべながらつるぎこが店長に尋ねる。

「これでも出しときな」

店主はカウンターの下から大きな酒瓶を取り出した。

「ドブガスミ」

とラベルが貼られている。厚いガラスを透かして見ても中の液体が七色に輝いているのが分かる。

「なんですか? これ」

「ぎりぎり酒。飲み比べに使うならそんなんでいい」

「はあ」

つるぎこは答え、酒瓶を抱え、ギャラリーの中に入っていった。

「来たな来たな」

つるぎこから酒瓶を受け取ると、女神は酒をグラスに注いだ。2つのグラスの中で液体が怪しく光を放つ。

「覚悟はいいか? こいつは甘くないぜ」

「女神さんこそイモひくなよ」

「ほざけ」

二人は言葉を交わしカチンとグラスを合わせると、同時に一息に液体を飲み干した。ギャラリーから関心の声が上がる。

「なかなかやるな」

「そちらこそ」

2杯目がグラスに注がれる。飲み干す二人。グラスを置くのは同時だった。容赦なく三杯目、勢いは衰えない。四、五、六杯と杯を重ねていく。七、八、九杯目まで数えたところで、酒瓶が空になる。

ギャラリーが「追加を」と叫び、つるぎこが二本目の酒瓶を持ってくる。

女神はチェイサーにビールを飲みながらお宮に笑いかける。

「ここまでついてこれたやつは久しぶりだよ」

「まあ、これくらいなら」

平静を装うお宮。しかし、その言葉は小さくもつれていた。女神は目を細め、ふと優しい口調で言った。

「まあ、ほどほどにね。こんな、余興で体壊してもしょうがない」

ぼんやりとした目を引き締めて、お宮は女神を見つめる。

「余興なんかじゃないです」

「まあ、せいぜい頑張りな」

ははっと笑うと女神はもう何杯目かわからないグラスをあおった。

「そっちのリーダー頑張ってるじゃん」

カウンターに座ったキュアドレインがビール瓶を空けながら言った。

「負けず嫌いだからさ」

「だろうね」

隣に座りビール瓶に口をつけているのはお宮のバンドのドラマーだった。

「女神さんはただ酒だと無限に飲めるぜ」

「そんなかんじだな」

ドラマーは頷いてビール瓶に口をつけた。

「どっちが勝つと思う?」

「そりゃ、リーダーが勝つとしか言えんな」

キュアドレインが尋ねると、ドラマーは笑いながら答えた。

「店長、もうすぐもう一本」

二人がビール瓶で音を立てて乾杯したところで、つるぎこがカウンターに戻ってきた。

「もうかい?」

「まだ、ある?」

「まだまだ、あるけど……」

カウンターの下を覗きながら店長は続ける。
「まだ続くの?」

「うん、まだ続きそう」

少し考えこんで店主はキュアドレインに声をかけた。

「あー、ドレインちゃん、悪いけどね、ちょっと何本か上げてもらえないかい」

「客使いの荒い」

「そういうことは金を払ってから言いな」

「はいはい」

キュアドレインは腕を伸ばすとこともなげに酒瓶を数本カウンターの上に乗せた。そのうちの一本を女神たちの座る机に放り投げる。女神が酒瓶を受け取る。

「酒を投げるな、酒を」

「ごめんごめん」

怒鳴る女神にキュアドレインは適当に謝る。その黒い腕を眺めて右腕をさすりながらドラマーはつぶやく。

「そいつにはかなわないな」

「ちょっと特別製でね」

「それは……」

「うん?」

ドラマーは言葉を切る。促されて言葉を探して言う

「お宮の歌に似てるな」

「歌は腕相撲しねえだろ」

「そうなんだけど、なんか……なんだろうな。思い出すんだよな」

「ふーん、詩人だな」

「音楽家だからな」

「そりゃそうか」

二人は笑ってビール瓶を合わせる。

「ねえ、お酒ってそんなに美味しいの?」

カウンターに座りながら、つるぎこが尋ねた。

「前飲んでたじゃん」

「飲んだから聞いてるの」

思い出して苦い顔をしながらつるぎこが答える。

「美味しい時は、美味しいよ」

「そうですか」

ドラマーの感想につるぎこは考え込む。その視線の先には数本のドブガスミの瓶。

「それはやめときなよ」

「飲みませんよ」

「飲みたくなったらここに来な。美味しいののませてやるから」

「その時は付き合ってやるよ」

「それはいらない」

「なんと」

すげなく断られたキュアドレインは大げさに泣く真似をする。

「まあ、今はこれで」

店長は比較的綺麗なグラスを取り出すとジンジャーエールを注ぎ、つるぎこに渡した。促されてキュアドレインとドラマーのビール瓶とグラスを合わせる。

「まあ、こういうのが美味しいのはわかる」

「だろ」

金色に輝くジンジャーエールの泡を見ながらつるぎこは言う。口角を上げながらキュアドレインとドラマーは手に持ったビール瓶を空にした。


「キケンがアブないゴロ」

「え?」


つるぎこの頭の中に誰かの声が響いた。誰かの? いや、つるぎこはその声を知っている。知っていた。しばらく失われていた声、ダイゴロウの声。


身構える間があっただろうか、店内に黒い奔流が吹き荒れた。

「な!?」

【続く】

書いた!

今週は思い付いて短編を書いてみた。その影響で死にかかったりしましたが、挑むのは悪くない。つけるのだ、体力とかを。

以下なんか


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