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マッドパーティードブキュア 287

 挑発するようにマラキイは声を投げつける。
 毛のない獣の顔が笑う。のっぺりとした虚ろな笑顔だ。
「不意をつかにゃあ、勝てん相手でもないからな」
 返ってきたのは平静な声だった。もとより、挑発に乗って隙を見せるような相手でもないだろう。こちらも挑発に乗ってやるつもりはない。答えながら頭を働かせる。
 この獣が姿を現すまで、一切の気配はなかった。目にも映らず、物音もせず。出現を予測させるものはなにも感じられなかった。
 なんらかの隠ぺい技能を持っているのは明らかだ。他には何を隠している?
「まさか本気でそんなこと思ってるわけないよなあ」
 嘲る口調を作り、問いかける。獣は鋭い牙を見せて笑う。その目線はまっすぐにマラキイを見つめたままだ。
「どうして本気でないと思う?」
「お前なんかが俺に勝てると思っているなんて、不思議でしょうがないからな」
「どう不思議なのか皆目見当もつかないね」
「まあ、わんわんに戦力を見積もるとかできるわけないか」
 すっと、獣のまつ毛のないまぶたが細められるのが見えた。
「そう思うなら、そうなんだろうさ」
「へえ、あいまいな答えだね。正黄金律教会の首輪付きのわんこには珍しい」
 大げさに驚いて見せながら、マラキイは言う。
「誰が首輪付きだって?」
 獣の声に怒気が混じる。なにかしら金銭に触れたのだろうか。
「おやおや、違ったか? じゃあ、ただの薄汚い野良犬か。餌ならやるからどっかに失せろよ」
「あいにく、そういうわけにはいかねえんだよな」
「忠義ものな犬っころだな」
 獣はマラキイの言葉を無視して、軽く前足を後ろに引いた。弓を引き絞るように獣の筋肉が盛り上がり、同時に敵意が張り詰める。やる気は十分なようだ。マラキイはさりげなく、後ろの脚に体重を移し、体の前に右手を掲げた。
 ぱあん!
 鋭い破裂音が響いた。同時に獣の姿が消えた。
「なに!」
 次の瞬間、獣が姿を現した。マラキイの眼前に鋭い爪が閃いた。

【つづく】


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