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マッドパーティードブキュア 89

 ざくりと何かがあった。それが感覚だと認識する。痛みだ。痛いのだと認識する。認識が戻ってくる。あいまいになっていた世界と自分との境界がうっすらと現れる。痛みが自分の右腕の領域を再定義する。皮膚が、肉が、骨が自分の内側にあるのを感じる。皮膚と肉の半ばまで、異物が食い込んでいる。ぬるりと生暖かい駅が体が腕を伝う。血だ。血が出ているのだ。血のなぞる輪郭が、テツノと暗闇を切り分ける。そこでようやくテツノは自分の右腕に斧が刺さているのに気が付く。深くはない。軽く肉を裂いただけで止まっている。慎重な力遣いだった。
 斧の刃の七色の輝きが、うっすらとあたりを照らし出す。
 斧を握っているのはメンチだった。前を歩いていたはずのメンチは立ち止まり、こっちを見ているようだった。
「なに?」
「変な顔してたから」
 ひどく遠くからメンチの声が聞こえるような気がする。自分と世界があいまいになる感覚はずいぶんと薄れてきている。
「ねえ、こっちも」
「ちょっとまってて」
 そう言って、メンチは斧を持ち上げると、テツノの後ろに歩いて行った。振り向くとそこには輪郭のぼんやりした物体が二つ、たたずんでいた。声をかけてきたのはその物体の近くに立つ幼い少女だった。女神だ。テツノは頭を巡らせる。そうすると、この二つの物体はなんだろう。メンチは斧を持ち上げ、振り下ろした。素早く、二度切りつける。物体のあいまいな輪郭が剥がれ落ちる。
 物体がズウラとマラキイになる。二人はぼんやりとした目つきで立ち尽くしている。
「行くよ」
「ああ、そうだな」
 マラキイが答える。心がまだ戻ってきてないような声だ。
「ねえ、手をつなごうよ」
 そう言って手を伸ばしたのは女神だった。ズウラとマラキイはぼんやりとその手を見つめている。メンチは斧を握りしめて離さない。テツノは少し考えてその小さな手を握った。もう片方の手を伸ばす。ズウラが反射のようにメンチの手を握った。

【つづく】

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