【短編】振袖衣装を脱がないで
『じゃあ、さっそくやっていきましょうかね』
『あいよー』
画面の中では包帯を巻いた軍服姿の外装をまとった少女と振り袖姿の少女がゲームのコントローラを握っている。
クソみたいな一日が終わって、ネットをうろついているといつかの配信サイトにたどり着いた。とっくに死に絶えたと思った配信サイトでは、廃墟の町の生存者のように細々と配信を続ける配信者たちがいた。
画面の中の二人が他愛ない会話をしながらゲームをしているのを見ながら、缶ビールモドキをすする。炭酸と苦さが口に広がる。この苦さが旨いと思ったのはいつのことだっただろうか。
『ところでさ、みどりちゃん』
ゲームをする手を止めないままに、軍服の配信者が振り袖に尋ねた。振り袖の方も、画面に目線をやったまま答える。
『なんですか、チステ』
『どしたの? その恰好』
『え、今? 今聞く? それを』
驚愕に目を見開く表情を見せて、みどりと呼ばれた方の配信者が相手をにらんだ。相手―チステと呼ばれた方だ―は表情を変えずに答える。
『なんか、タイミングのがしちゃって。こういうの結構難しくない?』
『ほら今日、成人式だったじゃん』
頬を膨らませながら、みどりが答えた。今度はチステが目を見開いた。
『みどりさん、今年成人でしたっけ?』
『や、私成人式行けなかったんよ。あれ、この話前したっけ?』
『知らんですけど。あー、ボッチだったからっすか』
『うるさい。てか、敬語やめろ、敬語。あー!』
突然、みどりが画面を見て叫んだ。チステの方がゲームの中でなにかしら仕掛けたらしい。みどりの領地に黒い虫がたかり始めていた。なんのゲームをしているのかはわからないけれども、多分みどりにとって都合の悪いことなのだろう。「油断大敵」と笑うチステを殴りながら、みどりは慌ただしくコントローラーを操作した。
『チステはどうなの? 成人式、行ったの?』
『まだだよー、ほら、私十七歳なんで』
『それ、去年も言ってなかった?』
『言ってないよ。え、どうなんすか、成人式って。どんなことするんです?』
『知らないよ。行ってないから』
『あ、そうか。だからか』
『なんだよ』
みどりは目を細めてチステをにらんだ。チステは無視して、画面の方を見ている。
『やっぱ成人式いかないとちゃんとした大人になれないのかなって』
『別に行ったってちゃんとできるかはわかんないよ。あと、これどうぞ』
『もういぢめないでよう』
今度はチステの領域に馬に乗った盗賊たちが現れた。チステは悲鳴を上げながらも淡々と処理していく。その様子にみどりはしかめ面を作った。
『ちゃんとした大人はこんなところでだらだらゲームなんかしてないって』
『ふーむ』
チステは操作をしながら考え込んだ。画面の中で盗賊たちがバタバタと焼き払われていく。盗賊たちの悲鳴のあいだにぽつりと漏らした言葉がなんだかやけによく聞こえた。
『それじゃ、成人式出るとみどりちゃんとゲームできなくなるのか』
『んなことはないって』
『私は二十歳になったらちゃんと成人式に出るよ。振り袖を着て、写真を撮って、大人になる方法を聞いて、ちゃんとした大人になって、ゲームなんてぱったりやめるんだ』
『無理でしょ』
『無理かな』
『うん、絶対無理』
『無理か―。あ、これおすそ分けです』
『あー、降参降参』
空から大量のドラゴンがふってくるのを見て、みどりはコントローラーを放り投げた。
『精神攻撃やめろー』
『それは、揺らされる方が悪いんじゃない? もう一回やる? もういぢめないからさ』
『次は絶対泣かす』
子どものように舌を出し、みどりはコントローラーを手に取った。
再びゲームが始まった画面を眺めながら、缶に口をつけた。生ぬるい液体の舌になれた苦さは、いつもよりきつくような気がした。
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