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電波鉄道の夜 93

【承前】

「お姉さん?」
 女性が扉に向かって呼びかける。しばらく待つ。返事はない。もう一度ノックの音。
 女性はナイフを胸の前に構えた。
「誰だ?」
 鋭い声で問いかける。また少し間。
「オニェッサンダヨ」
 歪な嗄れた声が聞こえた。
「ヴァタジダボ、カウェツギダラョ」
 車掌さんのような祝詞。明らかに車掌さんの声ではない声。
 女性が目線だけを僕に向ける。声を潜めて問いかけてくる。
「お前の知り合いか?」
 僕は首を振った。こんな声の知り合いに心当たりはない。
「じゃあ、あいつらか」
 女性は忌々しそうに吐き捨てた。間髪入れずにドアを蹴り開いた。闇が小屋に流れ込む。女性の腕が消える。闇の中に黒い閃きが走った。気がつくと女性は残身していた。勢いのままにくるりとクナイを回して血振りをする。 ぴしゃりと黒ずんだ血が床に散った。
「ふん」
 不機嫌そうに鼻を鳴らす。
 どさりとドアの向こうに何かが倒れる音がした。
「誰だったのですか?」
「さあね、知らない誰かさ」
 痛みを堪えて立ち上がりドアに近づく。夜の闇に流れ出した小屋の明かりの中、二本の棒が転がっているのが見えた。人間の足だ。古ぼけた靴を履いた男の足。荒野を無茶苦茶にかけ抜けてきたようなズタズタの足。見たことのある足だった。
「見覚えでも?」
 女性がたずねてくる。少し考えて首を振る。知り合いというほど知っている相手でもない。
「少しだけ見たことがある人に似ていただけです」
「へえ、そうかい、そりゃ悪かったね」
「いいえ、本当にほとんど知らない人ですから」
「そうかい、まあ、どうしたもんかね」
 女性が外に向き直る。
「え」
 女性が驚きの声を上げる。女性の肩越しに僕も外を覗く。僕も声を上げそうになる。さっきまであったはずの二本の脚がなくなっていた。
 考える。
 もしも今の男がさっきの男だったとしたら、そして男が車掌さんの力の一部を得ていたとしたら。
 どさり、と屋根から何かが降ってきた。

【続く】

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