マッドパーティードブキュア 180
この地区では起こりえないことが起こる。それはわかっている。だから、同じくらい、メンチが想像しているような、想像できるようなことは簡単に起きるだろう。起きてしまうだろう。
起きるはずがない。そう思う。思えば思うほど、細かな部分まで想像してしまう。どんな敵が現れるのだろう。血まみれで倒れるマラキイ、ズウラ、女神。セエジや老婆は信用できない。裏切るかもしれない。そして、テツノはテツノはもう確かな存在ではない。なにかあれば、いや、なにもなくとも容易に世界に紛れて消えてしまうかもしれない。
そうそう起こることではないと思う。けれどもテツノの今の状態自体がありふれた状態ではないのだ。もしそうなれば、メンチはどうするのだろう。斧の柄をぎゅっと握りしめる。ごわごわとした柄布の感触が手に食い込む。
「なあ」
つい、言葉を発していた。遠くを見つめるウェイターに向かって。ウェイターの声が下りてくる。
「なんですか?」
メンチは少し、いや、かなりためらい、間を開けてから口を開く。
「あたしは……」
はっと、我に返る。口から出そうになったのはまるで自分らしくない言葉だった。他人の意志に影響されたくない。ずっとそう思ってきた。そう選択してここまでやってきた。
「いや、なんでもない」
だから、メンチはすぐに自分の言葉を打ち消した。こんな言葉は自分の言葉じゃない。
「別にいいんじゃあないですか?」
「なにがだよ」
不意に振ってきた言葉に、どきりとして思わず強い口調で言い返してしまう。空から降ってくる目線はなにか慈しむような視線で、メンチを苛立たせる。
「何か聞きたいことがあったのでしょう? それでしたら、聞いてしまえばよいのではないですか?」
「知った風なこというなよ」
「おや、差し出がましいことをいいましたか」
少しだけ沈黙があった。メンチは店の中に戻ろうかと思いはじめる。
考えは再び降りてきた言葉に遮られた。
「でも」
【つづく】
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