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【連載版】コッペリアの末裔 vol.10 お祭騒ぎに見る夢は

「赤の7番と緑の4番、それに藤紫の3番」

矢継ぎ早のおばあちゃんの指示を必死にメモに書き写す。メモを握りしめて屋台の裏の棚に走り、色と番号を探す。赤7、緑4、よく使うのはもう手が覚えた。藤紫はあまりでない、目を走らせる。一度通り過ぎた視線を戻す。銅の隣、藤紫。番号を確認して棚から粉を取り出して籠に入れる。

屋台に走って戻り、おばあちゃんに籠を渡す。

駅前商店街広場の入り口の一番見えるところ、ユメミグサの屋台に客足は尽きない。子供たちは親に貨幣素子をねだって屋台の前に列を作る。

「次、青の13番、鶯の2番、橙の3番、黄の4番」

息をつく間もなく、おばあちゃんから次の指示。メモをして走る。探して籠に入れて、戻る。指示を聞いて走る。探して戻る。

緑の4、砂の1、桜の4。

桜の4は私の好きな香りだった。活力の夢を連れて来る匂い。去年はサイエとオルトがいた。今年はいない。だから、三倍の忙しさ。こっそり煙を吸う暇もない。

繰り返す、繰り返す。目が回る目が回る。

青の7、鼠の2、橙の3。籠に入れて放るようにおばあちゃんのところへ。おばあちゃんは筒状のシースに粉を入れてとんとんと形を整える。次の指示は来ない。

「一段落かね。アンロちゃんも少し休みな」

おばあちゃんはユメミグサをお店の前で貨幣素子を握りしめていた女の子に渡すと、背伸びをして腰を叩いた。気が付くとあれだけ並んでいた子供たちの列がいつの間にかなくなっていた。大人たちは懐かしそうな目で通り過ぎていくだけだ。

私は空になったシースの箱に腰を下ろした。法被の袖で額の汗を拭う。

「なんか落ち着いたね」

「ああ、そろそろ大会が始まるころだろ」

「もう、そんな時間だっけ」

体をねじって広場の時計を見る。ちょうどそのとき奥の方の仮設ステージで破裂音とともに特効の煙が上がるのが見えた。続いて熱い歓声が上がるのが聞こえた。

ダンス大会は商店街祭りの目玉だ。まだ精霊信仰が盛んだった時期に帰ってた死者を追い払うために踊られていた踊り。今では普段あまり発揮されることのない独創性とテクニック、そして何よりパッションを競う合う場として、この日をひそかに待ちわびている住民は少なくない。

この時ばかりはいつもの節制と慎ましさをかなぐり捨てた少しの野蛮さを持って住民たちは踊り狂う。もしかしたら、おばあちゃんのユメミグサも何かを忘れさせる役を担っているのかもしれない。

「ちょっと見てくるかい?」

おばあちゃんは作業台の上の余った粉をシースに詰めて手際よく巻くいて、私に差し出しながら言った。ユメミグサを受け取って口にくわえる。

「いいの?」

「ああ、どうせみんなあっちに行っちまうから」

「一人で回っても楽しくないから」

「そうかい」

おばあちゃんは貨幣素子の整理を始めた。その背中をぼんやりと眺める。ユメミグサを吸う。いくつかの粉の混ざりあった香りとともに独特の陶酔感が頭の奥に広がる。

「おばあちゃん」

「なんだい」

口を開いてしまったのは、ユメミグサのせいだろうか。

「あの日、何があったの」

「……どの日だい」

「二人がいなくなった日」

ぴくり、とおばあちゃんの手が一瞬止まる。一瞬だけ。すぐにせわしなく素子の計算を再開する。

カチカチと素子が転がる。大会の会場の方からお腹に響く原始的な音楽とノリのいい司会の声が聞こえてくる。

「ちょっと店でも回ってきな」

「おばあちゃん」

「アンロちゃん」

おばあちゃんが顔を上げる。いかめしい顔。でもどこか疲れた顔。珍しく、本当に珍しく躊躇うように口を開く。

「わたしはね、あんたたち三人のことを孫みたいに思ってるんだよ」

「うん」

「サイエだけじゃないんだよ。オルトちゃんのことも……あんたのことも。だから……」

おばあちゃんの指が動く。見えないキーボードを叩くように。非生体回路のハッカー特有の癖。言葉よりも早い思考の演算。

「なにがあったの? あの日」

「わからないよ。私には。あんたたちがどこかで悪さしているのはわかってた。何をしてるかは知らなかったよ。どこでしてるかも。ただ、狩猟課が襲撃に遭って、カウンターでハッカーが割れたって噂は聞いた」

それは、とおばあちゃんは目をつむる。後悔を取り出すように。

「この仕事してるとね、なんか嫌な勘ばかりついちゃうんだ。あんたらのことだってピンと来て、急いで火車呼んで片づけてもらって、それだけ」

絞り出すように、つっかえつっかえに、おばあちゃんはそこ言うと大きなため息をついた。作業椅子に手をついて腰かける。

「結局、帰ってきたのはあんただけだった」

「私もなにもわかんなかった。今でも」

「知ってる。あんたが何か知ってるとは思ってない」

あの日のおばあちゃんの判断は正しかったのだと思う。もしもサヤが割れたとして、あの部屋の惨状を知られれば、芋づる式におばあちゃんまで辿られてしまっていたかもしれない。もちろん、私にも手はおよんだだろう。

「ねえ、おばあちゃん」

「なんだい」

「それじゃあ、私もうおばあちゃんの家行かないほうがいいのかな」

恐る恐る口に出す。おばあちゃんが顔を上げる。呆れたような表情。

「言っただろう。あんたも自分の孫みたいに思っているんだよ」

おばあちゃんの表情が変わる。長いこと使ってなかった筋肉を動かすようなぎこちなさ。それが笑顔なのだとわかるのには少し時間がかかった。

「すみません。やってますか?」

私が何かを言おうとしたそのときに突然声がかかった。合成音声だ。見上げると人型の機械が屋台の前に立っていた。おばあちゃんは片眉を上げて答える。

「ああ、いらっしゃい。ロボット用は置いてないけど」

「あ、中身は人間なんで。パーっとするやつください。赤の3番と鶯の1番、あと桜の4番」

「パーッとしたいなら赤は2番にしときな」

「え、そうでしたっけ?」

機械は言いながら貨幣素子を取り出す。おばあちゃんはため息をついて立ち上がると、私に籠を渡した。

「覚えたね」

「うん」

屋台の裏の棚に向かう。赤の2番、鶯の1番、桜の4番。まだだいぶ残っている三色を籠に入れる。3つの色の匂いが鼻をくすぐる。懐かしい香り。赤の2番と鶯の1番はオルトとサイエの好きな色だった。偶然に少しうれしくなる。

おばあちゃんに籠を渡すと、流れるような手つきで色はユメミグサになる。綺麗な形に整えられたユメミグサをそのまま機械に渡す。

「ありがとう」

機械はユメミグサを受け取って、胸の取り込み口に入れる。そのまま貨幣素子をおばあちゃんに手渡すと、振り向いて人混みに消えた。

「最近の全身義体は匂いも感知するんだねえ」

おばあちゃんが感心した様子で言う。オルトが見たら興奮していたかもしれない。クロエに搭載しようと言い張りはじめていただろう。

…………?

なにかが頭の隅に引っかかった。考える。針が脳みその中を引っ張っているような感覚。興味が億劫さを上回った。

「おばあちゃん」

「なんだい」

「やっぱり、ちょっと周ってきてもいい?」

「ああ、いいよ。いってらっしゃい。大会が終わるまでに帰ってきなね」

「うん」

貨幣素子をしまうおばあちゃんを残して、屋台を離れる。法被を脱いで腰に巻き付ける。

辺りを見回す。大会の観客はもう会場に行ってしまっていて、往来はずいぶん減っているけれどもそれなりにある。行き交う人混みの中に目的の背中を探す。見つける。

さっきの機械。その歩みはやっぱりどこかで見たことのある歩き方。

距離を取って後を追う。受け答えをしていたところを見ると操作型の無人機だろう。もしかしたら本当に脳みそを積んでいるのかもしれない。どちらにしてもセンサーから外れた距離を保てば尾行は難しくない。

機械は広場の大通りを抜けて横道に進む。次第に人通りは少なくなっていく。時々、若い二人組が何組か絡み合っているのを見るくらい。何げない調子で跡を追う。

やがて階段にさしかかった。長い石の階段。山の周りを曲がりくねりながら続く階段。機械は振り向くことも疲れる様子もなく登っていく。ずっと下、見失わない距離、見つからない距離を保って、私も階段を上る。

明かりはない。あの機械のカメラには暗視が付いているのだろうか。目を凝らし躓かないように気をつけて階段を上る。

やがて、階段が終わった。

階段を上ったその先は古い小さな建物の廃墟だった。階段の脇に二匹の狐が向かい合っている。何かの宗教施設の印だっただろうか。

動くものはない。足音を忍ばせて、敷地の中を進む。

奥の方でワッと歓声が上がった。原始の本能を呼び覚ますリズムが聞こえてくる。どうやら大会会場の裏のあたりに出てきたらしい。

「ん? 誰かいる?」

合成音声が問いかけてきた。そちらに目を向ける。機械が一人柵に腰かけて下の大会の会場の光を見下ろしていた。

「ハカセ?」「え?」

間抜けな声とともに人影が振り返る。のっぺらぼうの顔面にモノアイだけが赤く光る。

「あ、この前の、なんか忍び込んでたやつ!」

ハカセが叫ぶ。少なくとも逃げ出す様子はない。近づきながら問いかける。

「何しに来たの?」

「え、なにって、お祭り楽しそうだったから」

「見つかったらまずいんじゃないの?」

「広報課の仕切りに狩猟課は噛んでこないでしょ」

「そんなもんなの?」

管理局の縦割り体制は有名だ。広報課が活動中に厄介な住民を捕まえてみたら狩猟課の捜査員だったことがあるなんて噂も聞いたことがある。たしかに広報課の祭りに狩猟課が首を突っ込んできたら面倒なことになるのかもしれない。

「うん、だから案外アンドロイドも混ざってるんだよ。実は」

「それは嘘でしょう」

「かもね」

ハカセはキヒヒときしむような笑い声を上げた。釣られて噴き出してしまう。

「本当は、何しに来たの?」

「うーん……これとかさ」

そう言ってハカセは胸からユメミグサを取り出した。

「なんか吸いたくなってさ」

「ロボットに効くの?」

「どうだろ。でも、効くようになったらすごいよね。アンドロイドにまでさ」

「機械に匂いはわからないでしょ」

人間だった記憶を保っているサイボーグならともかく、電脳仕掛けのアンドロイドはユメミグサでは夢を見ない気がする。

「んー、でも匂いも物質だからね。それが影響することをエミュレートすることはできるかもしれないよ」

「アンドロイドでも?」

「わかんないけどね。まあ、ちょっとそんなこと思ったら、ちょっとユメミグサ欲しくなってさ」

相変わらずスピーカーから聞こえる合成音声は本当か嘘かの判別が難しい。なんとなく嘘じゃない気はする。

「効きそう?」

「んー、この機体は匂い感知はついてないからな。持って帰ってから考える」

「そっか」

「まあ今日はお祭りの匂いを吸いに来たの」

「匂い感知ついてないんでしょう?」

「まあね」

ハカセは深呼吸をするように背伸びをする。肺もなければ伸ばす筋もないだろうに。

そう思うとなんだかおもしろくなって笑いそうになる。

「なんだよ」

「なんでもないって」

「     」

KABBOOOOOOOM

ハカセの言葉は爆発音にかき消された。ハカセが倒れ込む。思わず駆け寄って支える。

柵から身を乗り出して見下ろす。

まばゆい光が下から差している。大会の明かりよりずっと明るい。

さっきまで大会の会場だった場所で炎と煙が吹き荒れているのが見えた。

【つづく】

お祭りは楽しいですよね。もう長いこと言っていない気がします。イカ焼きと焼きそば、あと気が大きくなった時しか買えないですけど牛の串とかが好きです。

みなさんはどんな屋台が好きですか?



ありがとうございます。励みになっています。

今週ははじめて発狂頭巾を書いてみました。書くのは楽しかったのですが、こっちのを書くのが少し分量的にしんどかったです。でも書けたのでよし。

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