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マッドパーティードブキュア 88

 隙間を満たす暗闇はぬとりとまとわりつくような手触りをしていた。未知の感触に慌てて指をこすり合わせるが、二本の指は何かに隔てられることはなく直に触れ合う。
「なんか、変な感じ」
「うん」
 メンチの感想にテツノは素直にうなずいた。珍しく完全に意見が一致した。
 テツノにはその隙間は細い通路のように見えた。人が一人通れるだけの幅の狭い通路だ。足元の不確かな地面だけがうっすらと見える。地面の外に広がる暗闇は存外遠くまで続いているように見えた。不明瞭な形状のいろいろな輪郭が見えたかと思うと、歩くにつれてすぐに視界の果てに消える。暗闇の中、見えないはずの色が音や匂いとなって脳内に忍び入ってくる。その色は黄色、柿色、それから鮮やかな緑色。
 他に人には何が見えているのだろう。どのように見えているのだろう。前後を見渡すけれども、同行者たちの姿はぼんやりとした空間霞に阻まれてあたりの構造物と区別がつかない。
 ただはぐれないようにつないだロープだけが、彼らの存在をつなぎとめている。物理的な面でも、認識の点でも。
 一行ははるか遠くに見えるかすかな光を目指して歩いている。亀裂のような明かり。その明かりを背に手だけの影がこちらに手招きをしている。あれが自分たちの目的地なのだと思う。何もかもが曖昧な暗闇の中でそのことだけが明確に頭の中に刻み込まれている。
 あの亀裂にたどり着くのが自分たちの目的だ。自分たち? たち、とは誰だろう。自分は誰と来たのだったか。腰のロープを握りしめる。誰かがその先にいるのは分かる。誰かと来たのだと思う。本当に? ロープの先には誰も見えない。何も見えない。曖昧の帳が世界の輪郭を曖昧にする。世界のすべてが溶けて混ざる。世界と自分の境界も次第に薄れていく。踏み出す足も、ロープを握る手も、遠くの亀裂を見る目も、頭も。世界に溶けるように薄れていく。
 平穏が訪れる。穏やかな世界に、溶けていく。

【つづく】


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