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マッドパーティードブキュア 351

 声は空から降ってきた。その声は機械のように無機質な声だった。
「この地区での破壊行為は禁止されています」
 繰り返された口調は先ほどとまったく同じ調子だった。
 声の方角を見上げる。
 そこにいたのは天使だった。
 堂々たる体躯は一切の妥協なく非生物じみた等角と黄金比で構成されていた。その表面には一寸の汚れもなく、磨き上げられた黄金に輝いている。一つの頭、二対の翼、四対の腕。どのような姿勢をとっても調和に満たされた存在であった。痛々しく失われた一本の腕を除いては。
 その天使の腕は失われていた。八本の腕の内の一本。その断面だけが天使の清浄なる存在の中で、ただ一つ汚損された部位だった。
「なぜ、あの方が、ここに?」
 隣でセエジが声を漏らした。聞いたことのないようなうろたえた声だった。見ると、セエジは今にも腰を抜かさんばかりに、目を見開き、震えながら空を見つめていた。
「誰なんだ? あれは?」
「いえ……まさか、そんな……、この街にあの方が顕現など」
 セエジは震えながら、呟きを漏らすばかりで、意味のある言葉を紡がない。マラキイはセエジの肩を掴んだ。
「セエジ」
 呆然と見開かれた瞳が、ようやくマラキイを捉えた。
「なんなんだ? あれは」
「あれは……」
 セエジはためらうように言葉を切り、決心したように息を吸って答えた。
「ハルモニインプラ様です」
「誰だ? それは」
「正黄金律教会の混沌排除部門の長です。あんな上位存在がこのドブヶ丘の街に顕現するなんて考えられないことのはずなのに……」
 セエジは荒い息を吐きながら空の存在を睨んだ。マラキイはセエジの言っている言葉の意味の大半は分からなかった。構わない。重要なことは多くない。マラキイは尋ねる。
「強いのか?」
「この世界で敵う者がいるとは思えません」
「奴が、この街をこうしたっていうのか」
「……はい」
 少し間を開けて、セエジは頷いた。
「無理ですよ」
 セエジは言った。

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