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マッドパーティードブキュア 210

 帰りの道は思いの外、楽な道だった。
 洞窟を満たしていた、敵対的な暗闇のとげとげしい不明瞭さは鳴りを潜めていて、今はマラキイの持つかがり火に照らされてひっそりと物陰に佇むだけだ。松明さえいらなかったのかもしれない。
 少なくとも、先導するメンチには明かりはいらないようだった。松明の光を背に迷うことなく先を進む。
 テツノは歩きながら、先を歩くメンチの背中をじっと見つめた。泥の汚れにまみれたその背中は、幾分影が濃くなったように見えた。
 あの暗闇の中で、何があったのだろうか。なにか、不可逆の変化がメンチの身に起きたことは確かだ。変化の中身まではわからないけれども。
「ああ、わかってる」
 ぼそりと、メンチが呟いた。テツノたちに向けてではない。虚空に向かって、返答するような声だった。
「メンチ」
「どうした?」
 声をかけると返事が返ってくる。ちゃんとこちらの声は通じているし、向こうの言葉も通じている。それなのに、なにか遠くに行ってしまったような感覚がある。その感覚をテツノは頭を振って振り払う。
「いや、あとどれくらいかなって」
「ああ、もう少しだと思うよ」
 顔のあたりに纏わりつく、何かを手で追い払いながらメンチが答える。虫でもいるのだろうか。テツノには見えないけれども。
「もう、すぐそこ」
 メンチはそう言って曲がり角を指さす。
 曲がり角の先に、ほのかに外の明かりが見えた気がした。

◆◆◆

「へえ」
 洞窟の入り口で、空から降り注ぐ黄土色の光に目を細めながら、メンチは小さく呟いた。
 そこには異形の獣たちが集合していた。
 大小さまざまな獣たちが、洞窟から一定の距離を保ったまま、洞窟の入り口をじっと声もなくにらみつけている。メンチはテツノたちを手で制した。その視線からは野生の荒々しさは感じられない。ただ、統一された敵意だけがメンチたちに向けられていた。
「ようやく出てきたか」
 獣たちのうちの一匹が口を開いた。 

【つづく】

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