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マッドパーティードブキュア 288

 ――はやい
 マラキイの脳内をそんな思考が走る。呑気な感想が浮かぶよりも早く、身体は反応してくれていた。上半身が後方に逸れて、眼前を爪が通り過ぎる。ふわふわとした柔らかな前髪が数本、爪に切り裂かれて宙を舞う。
 そのまま後ろに転がって距離をとる。
 生身で戦うのには手強すぎる敵だ。
 立ち上がり、心臓に手を当て、握りしめる。
 口から叫び声がほとばしり出る。
「ドブキュア! マッドネスメタモーフ!」
 虚空から現れたきらめくドブの奔流がマラキイを包み込む。身に着けていた服が分解され、代わりにまとわりつく泥濘が衣装を再構築する。七色に輝くドブの魔法少女装束がマラキイの身を優しく包み込む。
 泥濘が晴れる。マラキイは再び叫ぶ。
「すべてを掴むドブのうねり、ドブプライヤー!」
 獣は忌々しそうに目を細め、身構える。
「それがお前さんの本気の格好ってわけだ」
「すまないね、お待たせしてしまって」
「醜い姿だが……いいさ、きれいに直してやるから」
 獣の言葉とともに、ぱあんと破裂音が響いた。獣の姿が消える。
 だが、ドブ魔法の力で強化されたマラキイの動体視力は、今度こそ獣の動きを辛うじて捉えていた。目前に迫る鋭い爪をマラキイは右手を差し出して受け止める。
「へえ!」
 獣が目を見開く。振り下ろそうとしていた前足を引っ込め、身をよじる。獣の巨体が目の前を通り過ぎる。長く伸びた尻尾をつかもうとする。
「おっと」
 惜しいところで獣の尻尾は指先から逃れていった。悔しいとは思わない。掴めていたら幸運だった。今は幸運でなかったというだけだ。それに仕掛けはもう見切った。
「そのケツの袋が手品のタネか」
「どうだろうね」
 ぴくり、と獣の瞼が動いたのをマラキイは見逃さない。ドブ魔法の強化は観察眼にも及ぶ。加速の直前に獣の尻の袋が一つ破裂したのも、ドブキュアの瞳は捉えていた。
「違うって言うなら、もう一遍やってみな、驚いてやれるかもしれない」

【つづく】

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