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【連載版】コッペリアの末裔 vol.3 家に帰るまでが侵入です

『ちょっと待って、アンロ。警備員来てる』

耳の奥から聞こえるサイエの声に足を止める。

「どこか隠れれる?」

私が口の中でもごもごと作った声は、強化外骨格クロエの口内マイクに拾われる。声は音になることなく信号に変換され、私が設置してきた有機ポッドを経由、町のどこかにいるサイエとオルトのもとに瞬きよりも早く届けられた。

『次の角右に曲がって、天井に排気口』

クロエの仮面に内蔵されたモニタに表示された矢印に導かれて廊下を行く。天井を見上げるとたしかに排気口があった。右腕をかざして、マニピュレーターを伸ばし、ふたを開ける。軽くしゃがむ、脚に接続されたアクチュエーターが連動して私を跳ね上げる。音もなく排気口の中に潜り込む。

『で? この後は? アンブッシュ?』

『いや、できるだけ、騒動は起こさない。案内するから、そのまま進んで』

「あいよ」

オルトの提案をサイエが即座に却下する。身を屈めたまま、前を向く。クロエが視界を補正して、暗闇を払う。

「腰が痛くなりそう。サイエが来ればよかったのに」

『サイエはクロエ着たら動けないからね』

『うるさいよ。オルトでも排気口とか入れないでしょ』

二人はわりとどうでもいい話をしながらも、ちゃんと経路を送ってくる。二人に命綱を握られているのはなんとなく不安ではある。

『そこ、右行ったら、いったん止まって』

「うん」

サイエの案内に従って這い進んでいく。いくつか角を曲がったところで、サイエが声をかけてきた。

『そこ、ふたがあるでしょ』

蓋の下は部屋のようだった。プローブを伸ばして様子を伺う。スーツ姿の作業員が数人一心不乱にキーボードを打ち込んでいる。

「さすがに、作業中は防護服着てないんだね」

『そりゃそうだ』

サイエの言葉を聞きながら、蓋の隙間から有機ポッドを滑り込ませる。壁に吸着して溶け込んだそれは電波を発信する。サイエがすぐさま警備システムをだまくらかす。しばらくこの部屋で何が起きても、それがわかることはない。

『OK、行っちゃって』

「あい」

右肘を構えて狙いを定める。この距離なら狙撃補助はいらない。

続けざまに射出。

作業員の首筋に麻酔を打ち込む。オルト特製の薬物が肉体と生体回路を無効化する。

『クリアだね』

サイエの声で、蓋を開けて床に降りる。クロエの膝関節が衝撃を緩め、音もなく着地する。

『どこか適当な端末に枝刺して』

「はいはい」

気絶した作業員を乗り越えて、端末に左手をかざす。手首から出たケーブルが端末に伸びる。サイエが舌なめずりをして障壁破りを始めるのを感じる。

顔を上げる。なにか聞こえた気がする。

「オルト、なんか来てる?」

『ん? あ、これは、警備員かな』

「こっち来るかな」

念のため、机の下に隠れる。

足音が近づく。二人分。息をひそめる。

扉が開く。

「サイエは?」

『作業中』

「ん」

ケーブルを切り離す。机の下に隠れたまま、扉からの死角に回り込む。

入ってきたのは警備員だった。狩猟課の緑の防護服を着ている。麻酔弾は貫けない。

「なんだ?」

眠り込む作業員たちを見て警備員が声を上げる。踏み込んできた瞬間に、机から飛び出す。天井を蹴って、加速。重力を加えて、右の警備員を狙う。頸椎への胴回し回転蹴り。クロエで姿勢を制御して崩れ落ちる体の影に着地。

左の警備員が向き直る前に、飛び上がりつつの掌底で顎を打ち抜く。浅い。

警備員が目を見開いて、右腕を向ける。これがまずいのは知っている。手首を抑えて逸らす。脇の装甲の隙間に左腕の手首から出るロッドを差し込む。親指を捻ってスイッチを入れる。

「ぐが!」

警備員が悲鳴を上げて崩れ落ちた。

『スタンロッド、やっぱあってよかったでしょ』

「打撃だけでおとせるようにしてよ」

『当て勘は中の人次第だからね。あとは、補助システム入れるかかなあ』

「勝手に動かれると、めんどくさいんだよ」

『それは今度考えるわ』

警備員を部屋に運び込み、生体回路のポートにタグをつけながらオルトと機能の感想を好感していると、サイエが入ってきた。

『あ、終わった?』

『とりあえずね。鍵は開けれるようにしたから、あとでゆっくり。撤収しちゃって』

「はいはい」

何事もなく戻れそうだ。胸をなでおろして排気口に飛び上がる。

「ポッドとかは回収しなくていいんだよね?」

『うん、すぐ溶けて消えるから』

『あとは無事に帰ってくればいいから』

『家に帰るまでが進入です』

「戻るでいいんだよね」

『うん、こっちももうすぐ撤収する』

嫌な予感がした。這っていく腕を止める。

『どした?』

「いや」

目の前を何かが通り抜けた。床を見ると、いくつかの穴が開いている。

天井を見上げるとその穴の先に、ダートが刺さっていた。

「やばい、やばい、やばい」

反射的に後ろに転がる。

私のいた場所に音もなく穴が開く。

「なにか、ずいぶん大きな鼠がいるな」

下から声が聞こえる。男の声。

空気の収束する音。躱せない。防御態勢をとる。

衝撃、破壊音、一瞬の浮遊感。

空中で見当をつけて、麻酔弾を相手の方に射出。当たるはずはないが、牽制にはなるはず。

転がって、距離を取る。

相手に向き直る。狩猟課の防護服。でも、緑じゃない。紫色。

「まずい、見つかった。紫色の防護服」

『え』

オルトから驚きの声が返ってくる。

『色着つ? やばい。逃げて』

「逃げろったって」

「逃がしはしねえぞ、ネズミ」

いけるか? いや、やるしかない。

「わかる範囲で、データをよこせ」

『わかった……えっ!』

答えるサイエの声は途中で途切れた。耳の中に爆発音と、銃撃音が鳴り響いた。

舌打ちを一つ。なにか向こうはまずいことになってらしい。

「安心しろ、きっちり歌ってもらうまでは殺しはしねえからよ」

男に向き直る。こちらの方がマシと言えないいようだ。

【続く】

ニューロンの疲労はものを書くのに良くない影響を及ぼしますね。

寒いのも脳みそにダメージを与えるようです。

暖かくして寝るのは幸福であるとともに、作業効率とかそういうのにも良い。


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