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マッドパーティードブキュア 127

「驚きました。このようなことがあるのですね」
「あなた達が狙ってやった訳じゃないんですね?」
「もちろんです。ただ、随分歩いたからお腹が空いているだろうと思って」
 テーブルの向こうで影の男は落ち着いた様子で答えた。その視線の先には紫色の玉状の食べ物が皿に盛られている。
「わざとじゃあなかったんだって」
 テツノは隣に座り、影たちに飛びかかりそうな目つきをしているメンチに影たちの言葉を翻訳して伝えた。メンチにはまだ影たちの言葉はざわめきのように聞こえているらしい。
「じゃあ、なんでテツノがぶった倒れたんだよ? わざとだろうか、わざとでなかろうが、お前を危ない目に合わせたのは変わらねえだろうが」
 テツノは小さくため息をついて、ざわめきの言葉の中にメンチの言わんとする言葉を探した。けれども、テツノは思い直して、影たちに口を開く前に、メンチに向かって言った。
「でもいいじゃないか、別に、死んだりしたわけじゃないんだから」
「あたしは」
 メンチはテツノの目を睨んで言った。
「あたしはお前が死んだかと思ったよ」
 また、と小さく付け加えたのを、メンチは聞き逃さなかった。テーブルの角に逸らした目が、きらりと濡れて輝いているのも。軽く肩を小突いて、もう一度言う。
「別に、死んだりしたわけじゃねえから」
「わかってる」
「そうそう死んだりしないから」
「ああ」
 小さくメンチだけに聞こえるように言うと、メンチはぶっきらぼうに頷いた。
「とにかく、危険な目にあわせたことは申し訳ないと思っています」
 咳ばらいをして、気まずそうな調子で影が口を開いた。
「いいえ、悪気があったわけでないのは、わかっていますから」
「そう言ってもらえると、気が楽になります」
「本当に、ごめんなさいね」
 影たちが頭を下げる。テツノは微笑みを作って二人に首を振った。
「それに、こうしてお話もできるようになったのですから」
 生きてさえいればなんとかなるものだ。

【つづく】

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