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マッドパーティードブキュア 90

 手を繋ぎながら、テツノたちは暗闇の中を歩いた。油断すれば、また曖昧な混沌の中に溶け込んでしまうだろう。まっすぐに出口を見つめる。やけに広がって見える視界の端に色々と奇妙なものが入り込む。
 狂ったように回り続けるコーヒーミル、牛の皮が張り付いた大きなアリ、微細な星が炎を上げる。見るべきではないもの。隙間の磁場に歪められてなにか全く別のものが、このように視覚に認識されているだけ。そのようなことが起きるかもしれないと言っていたのは……ズウラだった。
 大丈夫だ、とテツノは胸の内で頷く。まだ、思い出せる。自分以外の存在がいるのを。繋いだ右手の先にいるのがズウラ、反対の手を繋いでいるのが女神。ズウラが手を繋いでいるのが、マラキイさん。斧を掲げて先頭を行くのがメンチ。確認する。輪郭を確かめる。
 ふいに、メンチの姿が見えなくなった。
「え?」
 あたりを見渡す。目の前に暗闇を切り開く裂け目があった。鈍い光が差し込んでいる。先ほどまで目指していた亀裂だ。手招きしている影は見えない。代わりに裂けめの向こう、遠くに斧の輝きが見えた気がした。
 テツノは振り返ろうとする。けれども、振り返ろうとする前に緩やかな圧力を感じた。裂け目の外に向かう穏やかな、それでいて有無を言わせぬ圧力。テツノは女神とズウラと手を繋いだまま、裂け目の外へ引き込まれるように押し出された。

 テツノは草臥れてひび割れた合皮のソファーに座っているのに気が付いた。
「え?」
 混乱した頭で、あたりを見渡す。そこは古い食堂のようだった。個室のような背もたれの高いソファーと小さな机の組が果てしなく続いている。どの席にもぼんやりとした影が座り、凪の廃液湖の波の音のような笑い声を立てている。
 目を凝らすと向かいの席にズウラとマラキイ、隣の席に女神が座っているのが見えた。皆、ぐったりと眠り込んでいる。
「お客様」
 机の脇に、背の高い男が現れて言った。

【つづく】










 

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