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Vol.13  打ち倒せ! ドブヶ丘明神

つるぎこは考える。もっとも有効な一撃を。

カウンターの向こうでは吹き荒れる白ときらめきの風。

ドブヶ丘の女神と御馬ヶ時お宮の格闘は目で追うのさえ困難な速さまで加速して、形のない力の動きだけが感じられる。

女神に加勢する? 無駄だ。高速で動きまわる二人に狙いを定めるのは困難だ。それに上手く命中させられてたとしても魔力の乗らない球などドブヶ丘明神には傷一つつけられないだろう。

逃亡も、籠城も有効とは思えない。ここにあるもので何とかしなければ。

つるぎこは店内を見回す。多くの死体と瓦礫が積み重なるばかり。

そして見つける。

一つだけ状況を変えられそうなもの。

球を握り狙いを定め、投げる。

狙う先はキュアドレイン。いや、その魔法の右腕は失われている。もはやキュアドレインではない、ただの後藤という名の少女に過ぎない。

殺意も威力もない緩い球は、後藤の後頭部に当たり床に転がった。

「いてえ」

声を上げ緩慢な動きで後藤がカウンターに向き直る。顔を覗かせるつるぎこをみとめ、生気のない目に一瞬怒りが宿る。

「てめえ」

「いいからこい」

ない右腕を構えようとする後藤につるぎこは手招きをする。我に返った後藤はカウンターに駆け寄り、飛び込んだ。

「大丈夫か?」

「んなわけないだろ」

つるぎこの問いに、後藤はぶっきらぼうに答える。いつもの憎まれ口は影さえ見えない。

「そっか」

かすかに震えているのを気づかないふりをして、つるぎこはそっけなく答える。

「なんとかするよ」

「なんとかって」

「アイツを倒す」

「私は……むりだよ」

後藤は目を伏せる。右肩に左手をやる。その先にいつもの不定形はもうない。傷一つなく、ただ虚無がそこにある。

その左手を掴み、つるぎこは後藤を見据える。

「無理じゃないよ」

「なんだよ」

「いや、無理でもやるんだよ。キュアドレイン」

「もう違う。私は……」

「違うのはお前だよ。お前は違うだろ、お前はもっとこう……」

つるぎこは頭の中でここ数ヶ月の戦いを反芻する。つるぎこが魔法少女キュアストライクになって、キュアドレインに出会ってから、二人はずっと戦い続けてきた。つるぎこの投球の先にはいつもキュアドレインがいた。

だから、つるぎこは知っている。思いを言葉にして紡ぐ。

「お前はもっと、いやらしく笑ってろよ。力を奪われたくらいでなんだよ」

浮かぶのはいつもニヤニヤと不敵に笑っているキュアドレインの顔。意地悪で残忍で、自分を譲らない傲岸さ。

「お前がお前なのはあの腕があるからじゃないだろ。欲しいものは勝手に手に入れるんだろ……お前はそうだろ。だったら……」

言葉が途切れる。後藤は顔を伏せたまま黙り込む。

カウンターの向こうでは激しい破壊の音が響き渡っている。

後藤は、ふっと息を吐くと、顔を上げた。

「そうだな……それも、そうだな」

近くに落ちていた奇蹟的に生き残っていた酒瓶を拾い上げると、器用に片手で蓋を開け、一口あおった。

目をつむって酒を呑み込むと、ニヤリと口角を上げてつるぎこを見た。

「それじゃあ、どうするかね」

と、その時二人の頭を何かが通り過ぎたかと思うと、猛烈な破壊音とともに酒棚が砕け散った。

酒瓶の破片とともに人体が落ちてくる。高速でぶつかったにもかかわらず、人の形を保っている。それはドブヶ丘の女神だった。

「くそ」

ダメージは相当に大きいらしく、立ち上がろうとする手に力が入らない。

「そろそろ、終わりにするか」

カウンターの向こうからドブヶ丘明神が声をかけた。

「ああ、そのままでいいよ。そこでいい。さっきの死にぞこないと、ずっとちょろちょろしてた子猫もろともまとめて潰してやるから」

大きく息を吸い込む声が聞こえる。

「二人とも、私の後ろに」

女神がつるぎこと後藤に覆いかぶさる。

「女神様、だめだよ」

「大丈夫」

歌の始まる前の緊張感、破壊の前兆に空間が歪む。

見なくてもわかる。

ドブヶ丘明神の口が開き、第一音が

「!?」

歌は一音も出ることなく中断された。とっさにつるぎこはカウンターの端からドブヶ丘明神を盗み見る。そこには絡みつかれ、喉をふさがれたドブヶ丘明神がいた。絡みついているのは

「マスター!」

「あいにく死ににくいのが売りでね」

ドブヶ丘明神は必死にもがくが、店長は関節の自壊さえ恐れない固さでロックしている。外せない。

「長くはもたないな。女神さん、カウンターの天板の裏だ!」

店長の叫びに女神はカウンターの天板をのぞきこむ。巧妙に木目を合わせているがわずかな切れ目があった。横に引くと中には美しい小さなボトルに入っている。取り出すとボトルの中で黄金色の液体がきらめいた。

「わたしのとっておき。飲んで、つけとくから」

女神はボトルの封を切ると一息に飲み干す。目を見開く。つるぎことキュアドレインは女神が金色に輝くのを見た。

「これは、いい酒だ」

女神はボトルを置くと立ち上がる。

「待って」

カウンターに飛び乗ろうとする女神のワンピースの裾をつるぎこはつかんだ。

「安心しな。つるぎこちゃん。わたしがボコしてやるから」

「だめだよ。女神さん。そんな前借りじゃ、さっきと同じ」

「切れる前にやっつけちゃうさ」

「ううん、あいつは町中の信仰心を集めてる。倒すには、一瞬、一撃に力を集めないと」

「考えがあるのかい?」

「うん」

その間、店長は驚異的な体術でドブヶ丘明神を抑え続けていた。時間にして数秒。

さほど長い時間ではない。

しかし短い間が店長には無限の時間に感じられた。不壊の魔法少女として身に着けた関節技。力をいなし、ずらし、どんな強大な相手でも取り押さえられる格闘術。それを持ってしても神がかりの膂力で力任せにもがくドブヶ丘明神を抑えるのは困難を極めた。もうすでにかなりの数の骨と筋が犠牲になっている。

そして、今、右ひじと左の太ももを引きちぎり、ドブヶ丘明神は店長をふりはらった。どちゃりと床に打ち捨てられる。

「邪魔しやがって、てめえから殺してやるよ」

「そうかい? それはありがたいねえ」

ドブヶ丘明神が腕を振り上げる。

「あんたの相手は私だよ」

その時、カウンターから女神が躍り出た。ドブヶ丘明神の顔を蹴り飛ばすとそのまま出口へと向かう。

「逃がすか!」

叫び声に神力をのせ、放つ。背後から迫る声の接近を察知して、女神は瓦礫を蹴って方向転換。死体の破片まみれの床に着地する。

「逃げやしない、逃げはしないけどよ」

言いながら女神は近くに転がっていた、ギターを拾い上げる。稲妻のような形が特徴的な赤いギターだ。ネックを握っていた誰かの左手を女神はそっと床に置いた。

「なんの真似だ?」

「いや、アイドル相手なら、こいつで勝負してやんないとなって思ってさ」

「ふざけた真似を」

「そう思うなら、来な」

女神は八双にギターを構えた。ドブヶ丘明神にはギターに神力が集まるのが見えた。

「なるほど、確かに武器に集めた方が神力の威力は出るが……」

ドブヶ丘明神は言いながら息を吸い込む。

「俺の神力の前では誤差に過ぎねえ!」

その時、ドブヶ丘明神は背後に神力が集まっているのを感じた。思わず振り向く。そこには一人の少女が立っていた。少女の右腕に神力が集められているのが見える。通常の戦闘において守りに回される分まで余さず、右腕に集中している。

「まだだ、もう少し」

少女、つるぎこは目をつむり、

「投げさせるか!」

ドブヶ丘明神が危険の予感に向き直り、歌を放つ。つるぎこに破壊の波が迫る。

店に響く破壊音。天井がさらに崩れ、瓦礫が増える。

土煙が晴れる。そこには少女だったものの痕跡が残っているだけ

「あぶねえ、あぶねえ」

そのはずだった。つるぎこの前にもう一人の少女が立っている。その右腕には不定形の白い粘液が輝いている。

「こんな借り物じゃあ、そんなに長くは伸ばせないが、あんたを守るくらいならできるよ」

少女、後藤はつるぎこを安心させるように言った。

「なめるな!」

立て続けに歌が放たれる。それらを後藤はことごとくいなしていく。

「しばらく一緒にいたからさ、あんたのリズムはわかるんだよ!」

一発、二発、三発

弾く、弾く、弾く

「守りは任せろ、つるぎこ」

集中するつるぎこは後藤の声を聞いていない。けれども、確かに感じていた。堅い守備がいる安心感を。

「キュウカイウラツーアウトボールカウントハツーストライクワンボール」

だから、つるぎこは振りかぶる。

左足を高く振り上げ、地面を踏みしめる。

踏み込みの力が腰を回し、引き絞られた右腕を通り、右手に握った白球へダイレクトに伝わる。

それはいつか見た完璧のフォーム。

放たれるのは全力の神力の込められた白球。神をも砕く剛速球。

「な!?」

迫る球にドブヶ丘明神は思わず目をつむる。

衝撃は来ない。頬に風を感じ目を開く。

球はドブヶ丘明神の顔を掠めてはるか後方に飛んでいった。

「ビビらせやがって、このノーコン野郎」

全力の投球に倒れ込むつるぎこにドブヶ丘明神はあざけりの声をかける。胸に浮かぶ安堵に気が付き、怒りが込み上げてくる。後藤もろとも吹き飛ばそうと息を吸い込む。

そして気が付く、その顔がニヤリと笑っていることに。

「ナイスコントロールだよ。キュアストライク」

「しまった!」

外角高めの絶好のコースに飛んできた球をドブヶ丘の女神はフルスイングで打ち返した。

魔法少女の全力投球にかけることの女神の全力強振。それだけではない。

両者の日々の野球への鍛錬がそこに加わる。

グワァギャグワァラグワキーン!

世界が砕ける音がした。

「てめえ!」

目を見開くドブヶ丘明神。右胸を打球が貫いた。

圧倒的な速度の打球は力尽き倒れ込んだつるぎこと後藤の頭上を通過して酒棚と店の壁を貫通して遥か彼方へ飛んでいった。

「ぐおぉぉぉぉぉ!」

それにまとわりつくようにドブの色をした何かが断末魔の声を上げながら、やはり遥か彼方へ飛び去った。

「ゲームセット、だね」

女神はギターを杖に立ちながら、それだけ言うと、力尽きたように倒れ込んだ。

立っている者は誰もいない店内。

たくさんの死体と瓦礫の山が残された。

それから幾人かの生存者。

生存者たちは指一本動かす力も残っていないかのように倒れ込んでいる。

廃墟となったアンディフィートの夜は静かにふけていった。

【続く】


書いた。なんか余裕をもって書いたと思ったら公開を忘れてて慌てて公開してるよ。

良いとはなんなのだろう。


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