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マッドパーティードブキュア 313

 ぎゅわんと音がした気がした。否、マラキイは己の感覚を修正する。音はなかった。ただ、瘴気が急激に押しのけられてできた流れが音のように認識されただけだ。瘴気が急激に押しのけられた? マラキイは流れて過ぎ去ろうとした思考をつかみ取った。
 気配を消すときは思考する速度は緩やかになる。頭を働かせることも気配を生んでしまうからだ。反応だけを残してすべての思考を止めることができれば理想であり、マラキイの隠形の力量はその域に肉薄するものだった。
 しかし、今流れた認識は無視することができないものだった。無視するには危険が大きすぎた。瘴気に干渉できるものが近くにいる。この街の瘴気は並のものでは干渉することさえできない。形のない混沌、無秩序の淀み。
 マラキイはゆっくりと静かに息を吐く。だが、結局のところマラキイのとれる作戦は単純なものしかない。何者であれ、不意を打ち、無効化する。
 いつもやってきたことだ。思考をクリアにする。危険は認識した。もはや必要なのは反応だけだ。
 足音が近づく。三歩の距離、二歩の距離、一歩。
 ゆらりと音もなく体を起こし、気配につかみかかる。叫び声は上げない。技の威力よりも、正確性と奇襲性を優先する。マラキイの魔法の右手が靄のなかの影を捉えた。確かな手ごたえ。小柄な人間ほどの嵩だ。
「なんだぁ! てめえは!」
 くぐもった声が聞こえる。影がもがく。マラキイは右手に左の手のひらを重ねる。さらにがっしりと人影を拘束する。ぎりぎりと締め上げる。このまま無効化する。
「なめるなぁ!」
 痛みが走った。
「ぐぅ!」
 マラキイの口から苦悶のうめき声が漏れる。魔法の指先の感覚が消失した。魔法の手が音もなく地面に転がる。切り落とされた? 思わず、魔法を解除して、後ろに跳びすさり距離をとる。
 警戒は解かない。だが
「おい」
 マラキイは声をかけた。その痛みに、その切断面の切れ味に、マラキイは覚えがあった。

【つづく】

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