ピアノの前に、座れなかった。
仕事帰りに利用する駅に、今、ストリートピアノが置いてある。
保育園のお迎えのために時短で退勤した帰り道、横目にちらちら見ながら、過ぎ去ることもうすぐひと月。今週で設置期間が終わってしまう。
地方とはいえ、新幹線の始発終着になる、県名を冠したターミナル駅。
そして、私は社会人で再び暇つぶしに弾き始めた、ど素人の元エレクトーン弾き。ヘタウマならぬウマヘタである。
昨日の帰り道、思ったより人がいなかった。どうやら世間ではまだお盆らしい。
いや、今ならしれっと座って弾けるのでは?
そう思った私は、明日こそ弾こう、そうしよう、そう思って、楽譜のデータが入っているiPadをリュックに詰めた。
そして、今日。
寄り道せずに駅に直行。
久しぶりに、心臓がバクバク。
大人になってこんなに新しい挑戦でドキドキするのは初めてじゃなかろうか。
そうして、駅に着いて、途方に暮れてしまった。
そうやん、今日は帰省ラッシュやん…
どうしてこんな当然の事実に気づかなかったのか!!
当然、もう誰かが弾いてる。そして、ストピ映えする千本桜。
この時点で心が折れた。
昔は、人前で弾くのが好きで楽しかった。合唱コンクールとかで伴奏して、影ではあるけど公の場で弾けるのは嬉しかった。
大人になるにつれ、自分より上手い人なんてたっくさんいることを知って、気づいたらひっそりと弾くようになっていた。
でも、いつか、また誰かの前で弾けたら。
そう思ってドキドキして歩いてきたのに。いっとき、席が空いた時間もあったのに。
私は、ピアノの前にすら座れなかった。
こういうとき、どうしても自分を責めてしまう。
また、できなかった、と。
でも、そんなことしても何も変わらないし誰も幸せにならないから。挑戦しようとしたことは、小さく褒めたい。
明日こそは弾けるかなぁ。
弾けるかなぁ、では、叶わないのだけれど。
代わりに、今日は寝かしつけが終わったら、ひっそりと家で弾こう。
誰かに聴いてもらえるのも嬉しいけれど、それ以前に、私は弾くことそのものが大好きなのだから。
つづく
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