見出し画像

朝の色#3 コンビニスイーツ

10月のある日の朝8時。
この時期は街路樹の桜の葉が玄関前によく落ちているから、
落ち葉を掃くことから私の朝は始まる。

 そろそろ出てくる時間かな…
 もう少し待って出てこなければ、声かけるか。

そう思っていると、ドアが開く音がした。

「今日給食当番だったよね?エプロン入れた?忘れ物ない?」
「ん。」
「ん。ってそれじゃ分からないでしょ?大丈夫なの?」
すると丸っこい顔がうつむきながら、だるそうに首を縦に揺れる。

不愛想な声と態度は誰に似たのだろうか…
我が息子ながら、これでよく中学で集団生活ができるものだ。

流行病のせいで今年入学してからあまり登校もできず、
彼自身も口数が少ないから、友達もできたのか気になって仕方がない。

それでも聞きすぎるとより不機嫌になり、無口になってしまうから
せめてもの状況把握をギリギリのコミュニケーションを図りつつ行うが―

 本当に大丈夫かしら…

「いってらっしゃい。」
「ん。」

こういうときもすべて一言で済ませてしまう。
「ん。」以外の言葉を久しく聞いていないが、
それだけでコミュニケーションが取れてしまう彼はある意味すごいのかもしれない。

昔はお母さんっこで家の外でも中でも常に後ろをくっついて来たのに。
思春期で成長を感じるのは嬉しいけど、手が離れてしまうと寂しいな…と
大きくなってきた我が子の遠くなる背中を眺めながらふと思いふける。

「さぁ、今日も一日頑張りますか。」


ーーーーーーーーーーーーーーー

17時半。
夕食の準備をしていると、玄関のドアが開く。

「帰ってきた?お帰り~」

あれ?返事がない。
いつもなら「ん。」と一言挨拶してから夕飯の時間になるまで上の部屋に篭るのに。

 何かあったのかもしれない…

この頃いじめや嫌がらせの方法がエスカレートしているとも聞くし、
精神的に繊細な時期だからこそ心の傷はなるべくつけたくない。

 いやいや、まさか…ね。

色々妄想が膨らみ、手元の包丁の動きが止まる。

ガチャッ。
リビングの扉を開けた彼が持っていたのは、小さなビニールの袋。

うつむきながら私に近づいてくる。
「どうした?」と彼を覗き込む。

「ん。」
うつむきながら、彼はぐっとビニールの袋を私の胸に向かって突き出す。

「ん?これくれるの?」
「ん。」
大きくうなずく。

耳が赤い。よく見ると顔も赤い。

「ありがとう!」
袋の中を見ると、そこにはコンビニ期間限定の栗のケーキが。

 あ、これ。この前買ってあげたやつだ。

あの時黙々と食べてるから、少しでも気を引きたくて、
「美味しそうだね。お母さんも買えばよかった。」と話したやつ。

 覚えててくれたんだ…

そんな小さなことが嬉しくて。

少し意地悪して、他の言葉を引き出すように聞いてみる。
「どうしたの?急に。」

ぱっと顔を上げてまっすぐ目を見て

「誕生日でしょ、母さん。」

と息子が言う。


――なんて不器用で、愛おしいことか。

照れくさくて、嬉しくて笑ってしまいたい気持ちが溢れでそうな口元を抑えないと、また野生動物のようにそっぽ向かれるかもしれないから、
精一杯の嬉しさを込めた笑顔で――

「ありがとう」


いつもと同じ朝が今日も始まる。

けれど、少しは彼の優しさが見れて近づけたから、取りあえずは良しとしましょう。


「さぁ、今日も一日頑張りますか。」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?