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(2022.9.16)『彼女のいない部屋』観てない人は読まないように

原題 "Serre moi fort" (私を強くだきしめていて)

※作品をこれから観るつもりの人はこの記事を読まないことをおすすめします。

『去年マリエンバートで』と少し似ているような気もした。

似ている点
・現実と空想(妄想)が、区別されずに映像になっている点

分かりやすく妄想では映像にセピア色のフィルタがかかったり、「○○年前」というカットが入ったりはしない

違う点
・過去についての妄想か、未来についての仮想か

『去年マリエンバート』は、ナレーションと映像によって主人公に不都合な過去がゆがめられることがある。
例えば、主人公の男性が女性に暴行したことが示唆されたシークエンスのあとに、「あれは合意の上だった!」という男性のナレーションと、笑顔で主人公に腕を伸ばす女性の映像が映される。
つまり、Aという過去ではなく偽のBという過去を偽造している。

その一方『彼女がいない部屋』で主人公がふけるのは、未来についての仮想であり、「もしこうであったならば」というたられば話である。
「もしも娘が好きなだけピアノを弾くことができたなら。」
「もしも息子がホッケー教室に通っていたなら。」
この場合、主人公は現実Aと異なる虚像Bを作り出しているのではない。そもそも存在しないXを創造しているのである。
そこには、自らが願う未来の実現可能性が断たれてしまった女性の、切実で、かなしくて、美しい姿が浮かび上がる。

良かった点
・カメラワークに独特の余韻がある。
なんとなく是枝作品を思わせるような、何気ない情景が実は涙がでるほどきれいな情景であることを知っている人の映像だと思った。上手く言えませんが、特別ではない情景への限りない愛だけが作りだすカメラワークの余韻を感じるんですよ。

・音が特徴的
これも日常の情景への愛がなせるわざだと思いますが、単なるドアのきしみや食器の音やチェキを整理する音など、生活音がすごく際立って聞こえた気がした。音楽の使い方はともかく、音響に関しては詳しくないのでただの感想ですが。ていうかそもそもこのnoteもただの感想やでな!問題ないかァ!
まそれはともかく、ピアノ演奏も素敵でした。女優の方が弾くピアノの音からは、「ピアノが好きです」という感情をひしひしと感じた。あと、弾くときの猫背な姿勢もかわいくてピアノへの愛が見えた。
ところでこの演奏は、実際に女優の方がピアノを勉強されていて、彼女による演奏なのだそうです。

・色合いが水色で綺麗。
色調が藍・青っぽい作品というのは珍しいようにも思えますが、著名な映画作品にも結構あります。私が大好きなメルヴィルなんかは「メルヴィル・ブルー」と呼ばれる、シルバーに近いような暗く湿ったブルーが特徴的です(そして大好きです)。
『彼女のいない部屋』の色調は、青ではなく水色なんじゃないかと感じました。雪の中にちょっと青っぽい色が見えることありませんか?透明感のある、あの明るい青色みたいな感じです。
この色調が、映画に独特の爽やかさと哀愁を付与しているように思った。

・でもこの映画で大事なことは、作品を観ているときの私たちの心の揺らぎ。
この作品はわりと難しいので(マルホランドとかマリエンバートほどではないが)、観ているときに
「今、これどうなってるの?」「誰が死んで誰が生きているの?」「誰が家を出ていったの?」「なんでそこにいないはずの人の声が聞こえてるの?」と頭の中で疑問がかけめぐります。
ただこの『彼女のいない部屋』を観ているとき、私はいつも鑑賞中にやってしまうような、ストーリーの整合性についての推理大会を繰り広げることはありませんでした。
ただ、「誰が家を出ていったんだろうなあ」とぼんやり考えつつも、推理・解釈をするより、登場人物たちの生きる姿をじっと見ていたいと思いました。
何がそう思わせたんでしょうね。
それこそ、余韻のあるカメラワークや、アパルトマンが立ち並ぶパリとは全然違う表情の穏やかな田舎景色や、ぽろぽろ粒だった生活音、そんな映画のエッセンスがそうさせるのでしょう。
現実と空想が入り混じるという不思議な現象を、私たち観客は半ば丸のみにしながら登場人物たちが「生きる」姿を見ます。
実は彼らのうち誰かは死んでいるわけで、だからそれは厳密には生きている姿ではなくてただ願望が人型になっただけだけど、でも確かに生きているんです。彼女の中では。だから私もそのように見る。

書くほどでもない小ネタ
・パンフレットがかわいい。あと監督のインタビューを読んでいると、この人はとても誠実な作り手なのだなということが分かる。
・映画の終盤で「この車は何年?」「分からないわ、75か76かな?」という会話がありますが、エンドロールで「車:1976年の○○モデル」とご丁寧に赤文字で書かれていて微笑ましかった。観客的には気になるよね、「結局あの車は何年のやつなんだ」ってモヤモヤするよねー
・捜索犬の名前もちゃんとエンドロールに乗ってた。アンドリューだったかな

そんな感じ。


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