見出し画像

成人式

〈この文章は1643文字です。〉

こんばんは。蛍智宏です。

今日は、私の自治体では成人式がありました。

今年の成人式は新型コロナウイルス感染症の流行による「密」を避けるために開催については、多くの意見があったと思います。「感染リスクが高いから開催しない方が良い」とか「一生に一度のことだから、開催してあげるべき」とか。

そんな中、行われた成人式。複雑な思いがあります。「開催して良かった」も「開催しなくても良かった」も両方の気持ちがあります。そんな自分の中でグルグルしている思いを、書きたいと思います。

いろいろあってまとまらないと思いますし、もう開催したことに対して「開催すべきだったか否か」みたいな議論をするつもりもありません。ただ私の感想などを書ければと思います。長くなるので、多分2日に分けます。

まず、成人式前の私が成人式をどう思っていたのかについてです。私は成人式に特別なこだわりはありませんでした。成人式と言えば、同窓会と振袖(と市長の言葉?)かもしれません。が、私は小中学校の友人に特別会いたいという気持ちはなく、振袖にもあまり憧れはありませんでした。

が、行きたいとは思わずとも、行くものだとは思っていました。というのも、私の母方の家系には叔母から母、いとこ➀、いとこ②と受け継がれてきた振袖があります。ですので、私の母方の祖母は私があの振袖を着るのをまっているのです。もちろん祖母だけではありません。親戚・ご近所さん・母の同僚、皆さんが知り合いの20歳のお祝いの場というものを望んでいました。

私は、大抵のお祝い事には関心がありませんが、親戚など誰かが喜ばせることには関心があります。そのため、行かないという選択肢はないですし、この考えは次第に自分自身から発せられる行きたいの気持ちに変わります。

が、1月に入り感染者数がぐぐーんと増えた結果、関東地方では緊急事態宣言が発令されることとなりました。この時には遠くに住んでいる私にも、危機的状況であることは分かりました。

そして、成人式は中止になるだろうという推測もたちました。が、なかなか私の自治体からは中止が発表されません。この頃の私の心境としては、「開催されたら行くことになるから、延期か中止かしてくれよ」という感じでした。そんなことを思っているのに、家族や親せきは「無事に開催されるといいけどね」と言うので、なんだか違和感を覚えていました。無事にってなんだ、開催しないのが一番無事だろう、って感じの違和感だったんでしょうか。

結局、私の自治体では成人式開催が決定しました。私は100%成人式開催反対派というわけではなく70%成人式反対派という感じでしたので、開催するならするで成人式へ行くことに決めました。

ただ、成人式の前日、つまりは昨日ですが、この日には少し複雑な心境でした。明日は歴史ある振袖を着て、その写真を親戚一同に見せて、お祝いムードになるのだろうという気持ちが、まずあります。もう一つは、新型コロナウイルス感染症の影響に加えて大雪の影響で成人式が延期または中止になったという報道を見て、行きたかった人が行けないのに私のようなどっちでもいいみたいな意見の人が行けるという申し訳なさの気持ちでした。

そして、成人式に行く意味って何だろう、私みたいなのが行って何を得てこられるのだろうかということを考えました。行けない人の分までとかは、さらさら考えていません。代わりにはなれないので。ただ、自分の中の意味を考え始めて、成人式を終えた今でも分かっていません。

さて、ここまでが成人式前日までの私の心境の移り変わりなどです。書いていて思いましたが、人間だれしもかもしれませんが、100%賛成とか100%反対とかの立場を取るのって難しいですね。特にこの頃は、皆さん賛成と反対が複雑な割合で混ざり合った気持ちで人と接しているのかなと思いました。

それでは、当日編は明日にでも書こうと思います。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?