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あやとり家族53〜車中泊しながらの通学〜

あの一件以来。車中泊を始めた私

困ることだらけだった
トイレ お風呂 ご飯 洗濯
生活に必要なことができない

トイレはコンビニを利用していたが
何も買わずに利用するだけなので
毎回行く場所を変えていた

何人かの友達の連絡をし
「お風呂借して」というが、相手の都合もあり入れたり入れなかったり

なんでこんなことになったかというと
離婚したことも
車中泊をしていることも
一切伝えていなかったからだ

10年以上経って
「実はあの時車で生活していて」
と友達に話すと、決まってみんな口を揃えて言う

「なんで言ってくれなかったの」


心の間違った使い方を学んできた私

我慢すること=人に迷惑をかけないで済む
自分の意見は通らない=自己表現の仕方がわからない

”迷惑をかけてはいけない”が先行して
友達にも本当のことが言えなかった

言えればもっと楽だったろうし
みんな普通に助けてくれたんだと思う

逆に謝られたこともある
「辛い時に助けてあげられなくて、気づいてあげられなくてごめんね」って

自分が素直になれないことで、単純なことも難しくさせてしまう
素直に表現できれば楽なのに、それができない


手続の関係で学校の先生に伝えた

離婚したこと、車中泊していること1人だけの先生に伝えた
この先生は私に布団をくれた
更には学校の洗濯機を使う許可もくれた

もちろん他の先生には内緒で

学校が終わった後、洗濯物を持って学校へ行く
先生を見つけると、他の先生にわからないように
洗濯機が置いてある部屋の鍵を渡される

洗濯し乾燥機まで無料だ

その間図書室で看護の勉強をする
至って、真面目な看護学生に見える

その先生も帰っていい時間なのにも関わらず
乾燥機が終わるまで待っていてくれていた

全てが終了すると一気に袋に詰め込み
先生に鍵を返しに行く

洗濯の問題はこうして解消された


公園で子どもたちの列に並ぶ

歯磨きや洗顔は公園の水道を使った
昔はひねれば出てくるタイプだったが
この当時は誰かが抑えていないと、水がでっぱなしにならないシステム

並んでいる子どもたちに協力してもらい
抑えてもらっている間に顔を洗う

毎回のように助けてもらっていた

落ちるところまで落ちた生活
恥ずかしさとかプライドなんてものはなく
協力してもらえる時は、素直に頼めるようになっていた

他人にはそれができた
不思議だ


唯一知っていた友人からの助け

元夫と私の共通の友人は、唯一離婚していたことを知っていた

ある日連絡がきた

「もしもし」
「今どこにいるんだよ」
「実は車で生活していて」
「いいからこい」

彼のことは高校時代から知っていた
元夫の弟、つまり私の友達の親友だった

当時自分の店を経営していた彼は、店に私を呼び出した
「飯どうしてんだよ、いいから食ってけ」
と藪から棒にいうが、美味しい料理を提供してくれる

学校の宿題ができるように、店の一部を個室仕様に変えてくれて
そこで勉強しながら、ご飯を食べさせてくれる生活が始まった
疲れてくると一杯飲めよとお酒を持ってきてくれる

こうしてきちんと話せば、人は助けてくれる
相手が勝手に知ってくれれば楽だけど
話さないとわからないことも、たくさんあるのが人間社会

”生きづらい”この頃からそう感じていた

この時は学校に通っていたし
絶対に看護師になるっていう希望があったから
頑張れたんだ

寒い時も先生がくれたお布団で暖かく眠れたし
お酒が飲みたい時は飲めたし

大変だった車中泊だったけれど
みんなの助けを借りて生活することができた

おかげで国家試験にも合格することができた

この時助けてくれた友達、先生には今でも感謝している



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