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無の世界に眠りたい 1

希死念慮。それは人が抱える、漠然とした死への思い。
けれど僕は思う。それらの願望は、正しくは「消えてしまいたい」なのではないかと。

時計に目をやると、朝の10時になっていた。もっとも、電気をつけずカーテンも閉めきったこの部屋に時の流れなどあってないようなものだが。
こんな日々になってから、いったいどれだけの時が過ぎたのだろうか。ここしばらくの間、碌に食事をしていない。人は数日間飲まず食わずでいると死に至ると聞いていたが、どうやらまだその域には達していないらしい。
もう一度眠ろうとも思ったが、カーテンの向こう側から、雑音が聞こえてくる。カラスの鳴き声、車の通る音、それらすべてが喧しい。

そうだ。喧しい。喧しい。喧しい。喧しい。

雑音から逃げるために、いつからか剥げていた布団をかぶる。少しはましになったが、それでも不愉快さは変わらない。世界が消えない限り、これらの雑音が消えるなどありえないのだから。もちろん、僕にそんな力はない。
無音の世界など存在しない。世界を消すことは出来ない。

だから、僕はこの世界から消えたいのだ。


正確にいつから、というのは覚えていない。別に明確な理由があったわけではない。ただ静かに、緩やかに。すべてが嫌いになっていった。

まず、自分が嫌いになった。普段なら気にならないような失敗がまるでとんでもないものに思えた。何もしなければならないことなど無いのに、常に何かに追われているような感覚に陥った。自分程度が干渉できないような世界的問題に無理やりこじつけては自分を責めた。
次に、世界が嫌いになった。世界というよりも世界にいる人間が嫌いになった。嫌いというよりは、嫉妬の方が正しい。世界中の人間が自分よりも優れていると思い込んで、一方的に妬んだ。
この頃はまだ曲がりなりにも普通の生活ができていたから、どうにか改善しなければと思い、精神科に行った。
その結果は鬱病。医師はその後も色々話していたが、ひとつも耳に入ってこなかった。気が付くといつの間にか自宅のベッドで横になっていた。

恐らく、その日からだったと思う。すべてに興味が失せて、今のような生活になったのは。

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