生き残りをかけた病院の患者獲得戦略

※こちらの記事は、病院経営ウェブマガジン“Healthcare Compass"に2019年5月に掲載させていただいた記事のバックログになります。
https://compass.healthcare-ops.org/entry/2019/05/07/213000

日本の人口は減る。病院の需要は下がる。

「少子高齢化が進む日本において、急性期病院は多すぎる。」
 
厚生労働省が病床機能報告を代表とする様々な手段で集約した医療ビッグデータから、この答えを導き出してから短くない期間が経過しました。一方、当事者である急性期病院は、自らの築いてきた歴史とプライドにかけて、今後も急性期病院であり続けようとしている現実があります。私が働く病院もその一つです。

 「転勤のない職場で平穏に暮らしたい。」本音ではとても話せない方針で就職活動を行った私は、患者が勝手に来るし潰れないという安易な憶測で病院に勤めることを決意した事務職員です。しかし、その甘い考えは経営状況を目の当たりにした日に消え去りました。現在はどうやって患者を自院に集め、病院経営を成り立たせていくか、頭を悩ませつつ、楽しみながら企画・広報に携わっています。
 
さて、話を戻しましょう。
病院がどうあろうが日本の人口は減り続けます。超高齢者が増えれば急性期治療の需要は更に減るのです。私はこの事実から、生き残りをかけて病院が患者獲得競争を行う戦国時代の幕が開けたと考えています。では、急性期病院はどうやって患者を集め、生き残っていけばよいのか、この記事では現在と未来の2つの視点で話していきます。
 

現在は地域連携が最も大切 

現在において、急性期病院が患者を獲得するために最も効果的な行動は、なんと言おうと地域連携です。
 
開業医から紹介してもらった患者に急性期治療を施して開業医へ送り返す。
 
 
この仕組みを機能させるために、どの病院も地域連携室などを立ち上げて行動に躍起になっています。そこで大切になるのが開業医からの信頼を獲得すること。そのためのキーワードは大きく3つです。
 

1      営業活動


・どんな医師がいるのか
・自院ではどんな治療が出来るのか
・実績はどの程度なのか
 
これらを開業医に対して示し、患者を送ってもらうための行動です。まずは開業医に自院の存在と情報を正しく知ってもらわなければ、土俵に上がることすら出来ません。その上で、どうやって一人でも良いから患者を紹介してもらう事ができるか、地域連携担当が営業活動のノウハウを構築することが大切です。
 

2      質の高い医療


言わずもがなですが、患者を満足させることが出来る質の高い医療が必須です。どんなに営業が上手くても、提供できる医療の質が低ければ患者を継続して紹介してもらうことはできません。

3      アフターフォロー


・どんな治療を行ったか
・経過はどうか
・どの病院へ転院したか
 
事細かに、かつタイムリーに診療情報を開業医へ戻し、アフターフォローを行うことが、何よりも開業医からの信頼へ繋がります。しかし、業務多忙の医師が、情報提供を綿密に行うためには、医師事務作業補助者を積極的に導入して環境を整備することが必要です。幸いなことに、2018年度診療報酬改定にて、医師事務作業補助体制加算の点数が上がりました。患者数が多い病院ではかなりの収益を見込むことが可能です。人件費をペイできるかというと、難しいところではありますが。
 
このことから、国も病診連携強化のために医師のサポート体制充実を推奨していることがわかります。
 
この3つを正しく機能させることで、開業医はその病院を信頼し、自分のクリニックへ来た患者に対し、「良い病院を紹介するね」と病院名を出してくれます。そして、患者はその医師の言葉を信頼し、受診してくれることでしょう。
 

病院に来るのは高齢者である

ここまで、現在における患者獲得で地域連携が最重要であると話してきました。ではここで少し話を変えましょう。どんな時代においても、病院に来る患者の大多数は高齢者です。これは絶対に変わることはありません。では現在において、病院に来る高齢者はどんな人間か、ペルソナ像を描いて行きたいと思います。私がそこで大切にする情報はたった一つです。
 
インターネットを使いこなせない

もう一度言います。インターネットを使いこなせない人間が、今の病院に来る患者の大多数なのです。ここから現在の患者の大多数は、自分が得られる情報の中で最大限に信頼できる開業医の紹介を最優先で受け入れ、病院に来てくれている可能性が極めて高い事がわかります。
 

インターネットを使いこなす人間が患者になったら

では、インターネットを使いこなせる人間が患者になったらどうでしょう。インターネットは情報の宝庫です。調べる努力をすれば、大概の情報を得ることができます。そのことを今の若い世代の人々は誰もが知っています。その世代の人々が年を取り、病気になり、命の危機に立たされたとき、自分の体を治すために何をするでしょうか。
 

若者はインターネットで情報を調べ尽くす

少し私の体験談を話します。私は一昨年、前十字靭帯を断裂して手術が必要となりました。将来の自分の日常生活に関わる手術になるからこそ、インターネット上で
 
「前十字靭帯 名医」
「前十字靭帯 手術件数」
 
あらゆる検索ワードを調べました。そこで出てきたいくつかの病院をピックアップし、更にクチコミ評判などを調べた上で、日本有数の前十字靭帯再建件数を誇る関東労災病院で手術を行いました。おかげで、日常生活を問題なく、運動も出来るほど回復しました。自分の選択は間違っていなかったと確信しています。
 

インターネット戦略を立てるなら「今」

私の体験談からわかると思いますが、今の若い世代は、病気を治すための最善の治療を求めて、インターネットであらゆる病院情報を調べあげることでしょう。そうなったとき、果たして開業医が紹介した病院に素直に行くでしょうか。
 
「この病院に行きたいから紹介状を書いてくれ」
 
こう言うのではないでしょうか。
 
私は、
 
「患者が病院を選ぶ時代」
 
これが近いうちに来ることを確信しています。もうすでに、若者がかかる疾患にはその波が押し寄せています。だからこそ、高齢者疾患にその波が到来してから対策を練ったのでは遅いのです。
 

患者が病院を選ぶ時代に備えて

きたるべき、患者が病院を選ぶ時代に備えて行うべきことはただ一つ。それは、
 
インターネット上で、正しい病院の情報をわかりやすく発信すること
 
病院は広告規制によって、過度な集患表現が行えません。美容整形や整体などが既にバッシングを受けている以上、国の診療報酬に依存する病院はそのような行動を取ることは難しいでしょう。そうなれば、
 
・どんな医師がいるのか
・自院ではどんな治療が出来るのか
・実績はどの程度なのか
 
現在において開業医へ伝えている情報を「噛み砕いてわかりやすく、そして正しく」患者へ直接届けることしか出来ないのです。まだ病院業界はこうした活動が弱い段階だからこそ、取り組みが早ければ早いほど競争相手が少なく、患者に対して情報が届きやすいです。
 
その積み重ねが病院の「強み」へとつながり、「患者が病院を選ぶ時代」においても通用する病院へと進化していくのです。
 
そして私は、この戦略に則った戦術の立案こそ病院の広報担当者が最優先で取り組むべきであると考えています。
では、具体的戦術はなにか。それはこの記事とはまた別のお話です。
 
関心を持った方が多ければ、またどこかで綴ってみたいと思います。
 

なぜ競争相手を増やす行動をとるのか

なぜ、一急性期病院の広報担当者が、自らの手の内を明かし、競争相手を増やすような発信をするのか疑問に思う方は多いでしょう。
 
その理由は簡単です。私は100年先の日本のために、病院が医療の情報を正しく一般人へ発信し、
・予防医療
・早期発見

この2つを文化レベルで定着させることが急務であると考えているからです。膨れ上がり続ける社会保障費の抑制をしなければ、日本の医療制度は立ち行かなくなるでしょう。一病院の生き残りどころか、日本中の病院が共倒れすることになります。
 
逆に、予防医療と早期発見をインターネット世代の若者に根付かせることができれば、社会保障費削減に大きく貢献すると考えています。
 
なにより、病気なんてならないに越したことはないですからね。予防して早期発見したほうがいいじゃないですか。
 
若者に医療へ関心を持ってもらうための戦術は、今回とは異なる問題ですが非常に大切なテーマです。ただ、シンプルに言えることは、私のような活動が活発化することで、徐々に若者と医療のタッチポイントが増えていくことでしょう。
 

病院経営者の皆さん、競争しましょう

医療費が削減され、日本の財源が若い人や子供を育てる環境のために少しでも使われるようになれば、少子高齢化の波に抗うことだってできる。情報によって人々の行動を変容させ、健康的に生活を送る人を増やすことが、ゆくゆくは自分の子供たちのためになる。そう考えたら、自院の経営なんて度外視で発信せずにはいられません。
日本の病院経営者の皆さん、もっと競争しませんか?もっと正しい医療の情報を多くの人に届けませんか? 
 
全ては人々が健康で暮らし、活気ある日本を作るために。
 
--筆者--
堀江惇
2016年明治大学商学部で卒業後、済生会横浜市南部病院に入職。経営企画課として入退院支援センター立ち上げに従事。手術室の有効活用に向けた分析業務および企画立案に携わる中で、分析と企画を実行に移す人材不足を実感し、2018年度より広報担当として企画立案および集患の実行を開始し、現在に至る。


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