ハガキ職人から放送作家、そして。15
【放送作家15年目(36歳) 2016年】
仕事が落ち着いて自分のペースが掴めるようになると、体調は少しずつ回復していきました。一つのバロメーターとして、パソコンの画面を見られるようになり台本を書くスピードが元に戻ったのです。
あとは睡眠の問題だけ。酷い時期は抜けましたが、十数年に渡る夜型の生活が身体に染み付いているのか、どうしても「夜に寝て、朝起きる」という当たり前のことが出来ません。
こういった状態であることは、仕事仲間や親友にも誰にも相談することができませんでした。
この頃から、僕は「ツイキャス」をよく見るようになります。
ツイキャスとは、スマホのカメラで気軽に生配信が出来て、視聴者のコメント(書き込み)とリアルタイムでやりとりする、というアプリ。
最初は、友人がやっていたツイキャスに視聴者としてコメントをする程度でしたが、何を思ったか「一度やってみよう」と軽い気持ちで生配信をやってみたところ、まさかのドハマり。ちょっと散歩に出かける時や一人でご飯に行く時など、僕はしょっちゅう生配信をするようになります。
視聴者は数人でしたが、顔も知らないネット民との交流がとても新鮮で、日々の楽しみになっていました。
そんな僕のツイキャスを見てくれる常連さんの中に「消臭力」さんというアカウント名の人がいました。彼は、僕が生配信を始めるといつも1分以内にコメントしてくれます(ツイキャスには生配信を始めるとフォロワーにお知らせがいく通知機能があります)。
この人はいつ寝ているんだろう? どんな生活をしているんだろう?
ある日、早朝4時に生配信をやった時も消臭力さんはすぐにコメントをくれました。
「お早いですね」@消臭力
「いやいや、お早いのは消臭力さんの方ですよ。コメントが早すぎます、しかもこんな朝方に」
「そうですねww」@消臭力
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今、見てくれているのは消臭力さん、ただひとり。僕は思い切って、一歩踏み込んだ質問をしてみました。
「消臭力さんて、どんなお仕事してるんですか?」
「ニートっす!」@消臭力
「あー、そうなんですね。実家暮らしですか?」
「一人暮らしです」@消臭力
「へー、じゃあ、お金持ちのボンボンとかかな?」
「いえいえ、ただのパンピーです! 休職中なんです、昔はキャバクラで働いてましたw」@消臭力
どうやら彼は元キャバクラのボーイさんで、現在はニート。深い理由は聞きませんでしたが、消臭力さんも僕と同じく体調を崩して休職いるのかもしれないと、一方的にシンパシーを感じました。
そこから僕は、毎朝4時に起きてツイキャスをやるようになります。消臭力さんと二人きりで話をしたいからです。
ネットで顔も知らない相手だからこそ、消臭力さんには素直な気持ちが話せました。
遊び人だった過去、貯金がゼロになって親に泣きついたこと、睡眠に苦しんでいること。時に、男同士のしょうもない下ネタも…。
そんなやりとりが2週間ほど続いた、ある日のこと。それは何気ない会話からでした。
「消臭力さんて、何歳なの?」
「27です」@消臭力
「27歳か、若いねー!」
「若くはないっすよw」@消臭力
「いやいや、男の27歳はまだまだ若いよ。男は30から、いや、40からって言う人もいるくらいだし」
この後しばらく、消臭力さんのコメントが止まりました。
(なにか気にさわることでも言っちゃったかな…)
そう思った次の瞬間。消臭力さんのコメントに、僕は衝撃を受けました。
「私、女ですよ!www」@消臭力
「はっ?」
僕はすっかり勘違いしていたのです。アイコンが青系だったことと消臭力からプロレスラーの「長州力」さんを連想してしまい、勝手に男性だと思い込んでいたのです。
「ごめんね! 男だと思って下ネタいっぱい言っちゃった!」
「面白かったので、大丈夫ですw」@消臭力
その後も、僕と消臭力の早朝のツイキャス交流は続きました。何よりも、消臭力が女だということを知り、余計に意識してしまう自分がいました。
どんな顔してるんだろう? どんな声なんだろう? 会って話をしてみたい。
そして、チャンスは訪れます。
ある日の生配信で、僕が「ニンテンドーDS、誰か欲しい人いませんか?」と呼びかけた時のこと。数人がコメントをしてくれました。
「欲しいっす!」@バニー先輩
「俺にください!」@四角いメロン
さらに
「私もDS欲しい!」@消臭力
こうして、ニンテンドーDSを渡しに行くという名目で、僕は消臭力に会うことになりました。
場所は、新宿区・大久保のシャレオツなバルで。
初対面にもかかわらず、話題に困ることはありませんでした。ツイキャスで1ヶ月以上、ほぼ毎日(コメントで)話をしていたからです。
仕事仲間や親友にも言えなかった悩みを彼女にはもう話してしまっているし、僕としては何の気兼ねもありません。
数回の食事を経て、僕は消臭力と付き合うことになりました。
そしてこれが、僕にとって大事な出会いになったのです。
この話は続きます。
放送作家 細田哲也 ウェブサイト
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