「ドライブ・マイ・カー」を観てきた。


 3時間近くの映画ですが、最後まで飽きずに観ることができました。一つ一つのカットが秀逸で、台詞は多くないのですが、言葉以外の演技の力が素晴らしく、心地よく世界に浸ることができる上質な映画です。村上春樹の短編作品を下敷きにしていますが、それとはまったく異なる作品と考えていいと思います。

 チェーホフの『ワーニャ伯父さん』が本作のモチーフになっているのですが、この名作劇を多種多様な言語で役者たちが演じるという、劇中劇の設定が非常にユニーク。ワーニャが日本語で台詞を話し、エレーナが中国語で、ソーニャが手話で話す、といった具合で、稽古中にはフランス語や英語も飛び交うという国際性豊かな設定。登場する演者もそれぞれ、日本、韓国、中国の役者を採用しており、劇中でも重要な役割を果たす韓国籍のプロデューサーは、早稲田大学の大学院で能楽を研究していた経歴を持つ、というのも面白い。異なる言語を操る者同士がすれ違いながらも一つの演劇を成立させている、という劇中劇の設定は、それがそのまま、「他者の心は測りかねる」という、本作のテーマにも繋がる。寡黙なドライバーの存在が、discommunicationとcommunicationの渦の中で一際際立った存在感を放っている。書かれたテキストに忠実に向き合おうとする家福の演劇に対する姿勢は、それが彼自身の妻(他者あるいは人生)に対する姿勢を暗示させもするし、この作品自体が、サミュエル・ベケット的な、テキストの魔物(あるいは神)に憑り憑かれていることの象徴なのかもしれない。長い映画だが、長さを感じさせない不思議さがある。第4幕の最後の台詞が、この作品のすべてを語っているかもしれない。

 「仕方ないわ。生きていかなくちゃ…。長い長い昼と夜をどこまでも生きていきましょう。そしていつかその時が来たら、おとなしく死んでいきましょう。あちらの世界に行ったら、苦しかったこと、泣いたこと、つらかったことを神様に申し上げましょう。」

 ロケ地は主に広島ですが、東京都内でのロケ地では、私の自宅マンション付近が使われていました。レインボーブリッジを渡ってから、有明方面を回って、新豊洲のメブクス辺り。久々にドライブに行きたくなります。

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