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月の願いを叶えるには

新月は願い事を書く日。
まっさらなキャンバスに思い描く日常を形にする日。


新月に願い事を書く理由

新月は月が隠れます。
月は感情、感情は記憶の産物。

例えばあなたの願いが「パートナーが欲しい。」だとします。

でもそれがなかなか叶わないのだとすれば、あなたの中の記憶が潜在意識下で、その願いにストップをかけています。

「もう傷つきたくない。」
「どうせ無理だ。」と。

今ある現実は潜在意識下の投影です。
潜在意識の中の記憶が再生されているだけ。

そして人は、変化が嫌いです。
習慣の生き物です。

いつまでも変わらない状態であり続けたい生き物です。

「もう傷つきたくない。」というタイトルのドラマのチャンネルを、なかなか変えられないのです。

だからパートナーができないのです。

でも新月は月が隠れます。
あなたの願いを邪魔している記憶が隠れます。

まっさらな状態で願いを書けるのです。

なぜ、書くのか

それは、物質化(現実化)させるため。

感情や思考は形がありません。
形になるように、書いて形にするのです。


新月の願いを叶えるには

新月というまっさらな日に願い事を書く。

そうなったときの感情を想像する。

思い浮かべた感情を味わう。

月の感情を味わえるように「行動」する。
叶っている状態で過ごすとも言います。

これの繰り返し。

パートナーがいるときの自分はどんな気分で過ごしているのか。
想像して、味わう。

例えばパートナーがいるときの自分が「安心している気分。」であれば、「安心している状態。」で過ごす。

パートナーがいるときの自分が「ワクワクしている気分。」であれば、「ワクワクしている状態。」で過ごす。

これの繰り返し。

大切なのは「願い=パートナーがいる」に執着せずに「叶っているときの気分」にコミットすること。

そして月は満ち欠けを繰り返します。
満ちたりかけたりしながら行動を繰り返すと、必要なときにパートナーができます。


最後に

私の約1年前のの願いは「パートナーとおそろいの指輪が欲しい。」でした。(手帳に書いていた。)

叶わなかった頃は、指輪がないということに執着していたんでしょう。
中々叶いませんでした。

おそろいの指輪をつけているということが叶っているときの気分というか状態は、「信頼し合っている。」でした。

私たちはよく喧嘩もするのですが(全く些細なことで)、喧嘩のたびに私の中の見捨てられ不安が顔を出してくるのです。

その不安を感じたくないがために、私は自分から「もういい。」という言葉をパートナーにぶつけてしまいます。

「信頼し合う。」ということが怖かったからです。

なので、「信頼し合っている状態。」になるべくコミットしました。

そうしたら指輪が欲しいということを忘れたころに、パートナーから指輪をプレゼントしてもらいました。

(泣くほど嬉しかった。)

願いを叶えたい皆さん、月を使って願いを叶えましょう♡

Haru


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