これが最後の失恋でありますように。(『小説家になろう』記載)

今日は習っているキーボードの
バンド演奏型発表会。
文化ホールという200名も入る
大きなステージで行われる。

朝6時に起きて肌寒い中着替える。
オシャレはしない。
けどお気に入りのTシャツをきて、
動きやすい格好をするのがお決まり。

8時には会場へ到着。
終わるのは18時半。それから打ち上げ。

お休みを使ってまで
それも30代にもなってまで
音楽を辞められないのは

音楽が好きというのは
大前提なのだけれど

【好きな人がいるから。】

会場に着いて1番最初にするのは
トイレ、ステージ裏の控え室、
ステージの袖、
そしてステージの確認。

後はそれらの動線を他の生徒さんに
説明できるように頭の中で整理をする。

戻った控え室では
これから準備される楽器達が
スポットライトを浴びるのを
待っているように見えた。

それからコンビニに行って
たばこと青い缶のコーヒーを買って戻る。

入り口でゆっくり歩いていたら
主催のカルチャースクールの社長が
走って駆け寄ってきた。

背が小さくて小柄で
歳上なんだけれどとても可愛らしい。
大好きで尊敬する女性だ。
今日もエスニックな格好で決まっている。

「あいちゃん、何時から来てくれてたの!?
いつもいつも本当にありがとう!」
と言ってくれた。

来たくて来ているから
本当は邪魔じゃないか
もう来なくて大丈夫だよと言われないか
いつも毎回気にしてしまうけれど
明るい笑顔にホッとした。

しばらくして
集合場所のステージ裏の控室に来ると
生徒さんが各々散らばっていて
案の定先生はまだ来ず
みんな手持ち無沙汰にしていた。

集合時間の10:00になって
私はその生徒さん達を集めて
さっき確認した動線を説明した。

そろそろかなと10:05
入り口に目を向けた。

先生はデニムにチェックのシャツを着て
ステージに立つからといって
お洒落することもない。
いつもの通りの普段着で
マイペースで
急ぐことは決してない。
ぼーっとしながらこっちに歩いてきた。

社長や周りは
時間通りに来ないことを
いつもハラハラしているけれど
必ず来ることはわかっているので
その必要は無いのを私は知っている。

私はそのマイペースをカバーするように
目先の事を予測して行動を始めた。

いつも目線の先にある何かを察し
持ってきて欲しいものは言わなくても
必ず当てる。
やって欲しいことは先回りして
終わらせておく。

多分今は
到着したやいなや
一服しに行きたいのだろうと
直感で思ったのでとりあえず近寄った。

私は近寄った先にある
まだセッティングしていない
ドラムセットを見て
「ドラムのセッティング半分までなら
 他の生徒さんに教えられます。」
と伝えた。

なんでわかったの?
ということもなく
「うん。」と言って
たぶん先生は喫煙所に向かった。

そしてドラムの生徒さん15人位を集めて
セッティングする機材を
全てステージ上に運んで欲しい事
組み合わせも大体伝えた。

「あいさん、何でもできるんですね。」
とドラムの生徒の親御さんが
褒めてくれた。

先生を見てきたから出来るようになりました!
なんて言えるはずもなく
素直に嬉しい気持ちを
「ありがとうございます。」とお礼で伝える。

先生が
そろそろ戻ってくるであろう
その方向に目をやると
案の定またゆっくりのんびり歩いてきた。

生徒のみんなが
次はシンバルだと知っていたので
取り掛かろうとしたけれど
先生の顔が違っていた。

私は慌てて
「あっ、ちょっと待ってもらっていいかな?
 シンバルじゃなくてスネアを先生に渡して、
 締め方を見てもらってもいいかな?」
と言った。

私がスネアの調整の仕方を
あまりよく知らないから
自分が忙しくなる前にやりたかったのだろう。

ふと周りを見渡すと私の時より
生徒さん達の目の輝きが違う。

さっきまで私が仕切ってごめんね
と思いながら
次の行動を考えていた。

11:00
先生がドラムの生徒さんをみているうちに
私はさっきの控え室で
ギターとベースの生徒さん15人を集めた。
けどなかなか先生が来ない。

多分ドラムの生徒さんのお母さんに
声をかけられて捕まっているのだろう。

あの人に捕まるとなかなか帰ってこない。
あの人も先生のことが好きなら
先生が今何やってるかくらいわからないのかな。生徒さんが待ってるって
周りを見ればわかるじゃん。

と、そんな嫉妬混じりの正論が頭をよぎる。
でも
そんなこと考える筋合いもないかと
自分に言い聞かせた。

時間が迫ってきたのでみんなに
「チューニングできた人?」
と聞くと1人しかいなかった。

その1人は
多分大学生であろうギタークラスの男の子。

黒くてまあるい帽子と
茶色地の柄シャツに
濃い茶色の広めのパンツを履いていた。
細いシュッとした体型なのに
そのパンツの広さが
さらに体型を細く感じさせた。

今時のお洒落な若い子という印象をうけた。
あまり話しかけたら
なんでこのおばさんが
みんなをまとめてるんだろう。
とか思われたら嫌だなって思ったので
「わかった。ありがとう。」
とだけ伝えて
私はその子を見ないように避けた。

また時間と余裕が無くなってきた。
私は小さい子を集めて
順番に並んでもらい
1人ずつチューニングを始めた。
得意じゃないけれど
時間に間に合わせるように
一生懸命にやっていた。

3人目をやっているうちに先生が来て
ものの数分でチューニングを終えた。
あっという間だった。
弦楽器のクラスのみんなも
やっぱり先生が来ると目が輝いて
本番への気合がみえた。

そして先生は説明の為に
ギタークラスのみんなをステージへと
連れて行った。

最後のキーボードクラスは10人で
準備するものが殆どない。

「もう多分先生は来る時間がないので
 大人の方々は小さい子の出番の
 間違いが無いようにフォローをお願いします。
 リハーサルの準備もお願いします。」
といって
私はキーボードとキーボードスタンドを
ステージに1人で運び準備をした。

先生はもうステージに立っていて
キーボード以外の準備を終えていた。

私は急いでスタンドを組み立てて
キーボードを置き
スピーカーにシールドを挿そうと思ったけれど
場所がわからなくてモタモタしていたら
係の人が挿してくれた。

少し待ったからか不機嫌そうに
「あい、キーボードの音出して」
とボソッと言われた。
慌てて音を出した。
そちらの方は向かなくても
うんと頷いたのが感覚でわかったので
私は音を止めた。

先生の機嫌の悪さに
少しだけうるっと来たけれど
この感情が変なことは知ってるので
ぐっと我慢した。

そしてお昼の12:00ぴったり。
先生は
「全てオッケーです。
 まずはリハーサルお願いします。」
とスタッフの皆さんに挨拶をし
時間通りに準備を終えた。
心配で様子を見に来ていた社長と私は
安堵の笑みを浮かべながら目を合わせた。

先生は今日これからずっと
全てのバンドのギターボーカルとして
ステージに立ち
みんなをまとめる。

全ての楽器の先生であり
歌までこなす。
更に音響も仕切る。

俗にいう【天才】だ。

全てのレベルが
専門にひとつをやっている人のレベルより
遥か上にいる事が不思議で仕方ない。

才能があるから余裕で
余裕があるから天才と呼ばれ
天才は様々な場面で人の心を掴み
3年で生徒数は発表会に出ない人も含めると
100人以上にもなった。

私はその心を掴まれてかれこれ7年になる。

私がバンド始めたのは高校生の頃で15年程。
卒業の頃
社会人バンドサークルに誘われた。

7年前話し合いでボーカルを任された時
プロだと言われる人が突然サークルに現れて
私の隣に座った。
オーラなのかフェロモンなのか
未だにわからないけれど

あの時
鼻歌を歌った彼の笑顔をみて、
人生の何かが変わってしまった。

一目惚れ以上で、恋というには足りない。
愛というには安っぽい。
名前の付かないあの感覚は
一生忘れないだろう。

その年のサークルのLiveで
そのプロは全ての楽器をこなし
みんなに頼られ
大盛況で大人気となり
その日から彼は
少しずつ知名度を広げていった。

私はそのプロとその日のうちに
たっくさん音楽の話をした。
初めて聞いた音楽理論の話。
コードの話。
なぜ音楽をやったのか。
高校での音楽活動。
東京のどんな学校に行ったのか。
卒業してからはどんな活動をしていたのか。

その日から私の全身は
そのプロでいっぱいになった。
この人の音楽の話をこの人の奏でる音楽を
ずっと、一生、永遠に、聞いていたいと思った。

だから一緒にいるための口実を探していた。

そして4年前
社長になる前の社長が
クラブイベントなのに
1人バンドマンで注目を集めていた
そのプロの活躍を見て
これからカルチャースクールを立ち上げるので
先生にならないかとスカウトした。

二つ返事で返したプロ。
そのプロは先生となり
スタジオの生徒を募集したその時
私は生徒となり会える口実を手に入れた。

気持ちはバレているけど
好きだと一生言えない。
決して実ることのないこの恋に
沢山の自己満足を重ねて
メンタルをギリギリ保っていた私の青春時代は
ほんの一瞬で終わった。
それなのにまだ青春を感じようとしている。

今日の発表会が終わる頃
先生と社長に
みんなからですと
発表会のお礼の花束を渡そうと
何日か前から考えていた。

前もって学生さんは200円で
社会人は300円ですと伝えてあった。

その連絡用のグループに
「先生に連絡がつかないのですが
 雪の影響で遅れて行きます。」
と私へ連絡が3通ほど来ていたけれど
間に合っていたので
わざわざ先生には報告をしなかった。

先生と社長の2人にバレないように
ちゃんと全員分のお花代を集めるには
社長が受付の管理で忙しくしていて
先生がずっとステージの上にいる
リハーサルの今しかない。

一人一人リハーサルを終えた生徒さんと
一緒にステージの袖で
小さな子を見守る親御さんに声をかけて
集金していった。

さっき1人だけ
チューニングを終わらせてくれていた
大学生の男の子にも声をかけた。

「200円ください!」と笑顔でだけど、 
サラッと終われるように値段を先に喋った。
私は人見知りがないけれど
やっぱり若い子におばさんウザいとか
思われたくなくて
目を合わせられなかった。

そしたら彼は
おっとりとした優しい声で
「あ、自分300円で」と言った。

私は
「いいよいいよ!200円で!
 気を遣わないで!大丈夫だから!」
と言った。

調度リハーサルの曲がピークで
男の子の声が聞こえづらかったので
耳を近づけると
「自分!300円払います!」
とまた大きな声で答えてくれた。

また私が大きな声で
「大学生は学生に入るから
 200円で良いんだよ!
 気を遣ってくれてありがとう!」
と耳元で話した。

そしたら
「じ、ぶ、ん!
 しゃ、か、い、じ、ん、で、す!」
と大きな声で答えてくれた。

そしたら調度一曲が終わって
彼の「す!」声が少し響いて
少し2人で笑った。
先生にバレてはいけないのに
笑いが止まらなくて
クスクスと2人で笑っていた。

曲が始まると
我慢していた笑いが爆発して
「えー!えー?本当に社会人なの?」
と聞きながら
初めて目を合わせて2人で大爆笑した。

思ったより
話しやすくて優しそうな子だった。
「次の人に声をかけるから。じゃ頑張ろうね!」
と、彼を後にした。

15時にリハーサルが終わって
全員を集めた。
「15時半に開場して16時から本番です。
 間違ってもなんでも大丈夫です。
 本番は今のチカラしか出ませんから。」
と、改めて先生が言った。
気合いを入れすぎず
緊張させない為かもしれないけれど
適当な感じが先生っぽい。

私は解散する前に
さっき小さな生徒さんをお願いした
大人の生徒さんに
改めてお願いしますね。と伝えた。

先生がやっと休憩に入れる。
マイペースとはいえ
ずっとステージには立っているし
自由ではない時間の方が長い。
ポケットに手をやっていたので
朝コンビニで買ったタバコと
冷やしておいた青い缶のコーヒーを差し出した。

先生は喫煙所に
タバコを吸いに行こうとしたのだけれど
「多分そっち父兄がいっぱいいますよ。」
と伝えると
クルッときれいに回って
裏口の喫煙所ではないけれど
外で隠れて吸える場所がある方向に
歩いていった。

「本番に間に合ったー!!」
白いワンピースを着た
長い髪をポニーテールにしようと
髪をいじりながら
小柄の女性が控え室に入ってきた。

多分先生の彼女。
今日女性ボーカルの曲の担当をする人。

【多分彼女】というのは
先生はプライベートを公表しない。
私も聞かない。
時々左の薬指に指輪をしているから
もしかしたら結婚しているかもしれない。

ただ最近1番そばにいるこちらの女性は
先生を探してる。

そして
この瞬間から私の休憩時間が始まる。
先生の方向へは目を向けない。
存在を消して
先生の居場所も知らないことにする。
私が居場所を知っている事で
彼女は不機嫌になることを知っているから。

彼女が入ってきた反対側のドアに
こっそり近づいて
何も知らないふりをして
社長の控え室に遊びに行った。

「あいちゃーん♡
 本当何から何までありがとー!!」といって
チョコレートをくれた。
今日初めて食べ物を口にしたかもしれない。

社長は今日の為に寝ていないという。
だったら今もしかして少し休むかな?
そう思って席を立とうとしたら
社長の話に続きがあった。

朝に買った本当は
朝ごはんのおにぎりを今食べることや
打ち上げで美味しいものを食べたいから
おにぎりを一個にしておくこと。

一緒に美味しいお酒を
あいちゃんと飲みたいから
打ち上げの為に頑張ろう!
などと、笑って話してくれた。

社長は疲れた顔を一切見せない。
本当に明るくてみんなに愛されていて
社長という職業がピッタリの
かっこいい女性だ。

このかっこいい女性だけは
先生に心を奪われなかった様子。
逆に稀に見る、先生に惚れない女性。
それもまた私からしたら
かっこよくて。
全く先生に気がない社長が、羨ましくも感じた。

社長の部屋でしばしのんびりしていたら
「今日は宜しくお願いしまーす!」
とサラッとした言い方で
先程の女性が挨拶に来た。

流石に私も
来たことを今気付いたということにして
挨拶を返した。
けれどあまり目を合わせると
何かを読まれるような気がして
見ないようにした。

社長が
「まなみさんですよね。
 今日はうちのカルチャースクール
 スタジオのために
 わざわざありがとうございます!」
と挨拶とお辞儀をした。

そのまなみさんの横には
先生がいたけれど

私はそちらを見ずに
社長の方に向けていたカラダを動かさなかった。
まなみさんはピッタリと
先生の横にくっついていた。

そしたら社長が
「えー!もうこんな時間!
 みんな宜しくね!!
 さぁさぁ!頑張りましょう!」
と働き出した。
同時に私も控え室へと戻った。

控え室ではそれぞれが思い思いに
本番の準備をしていた。

お化粧をしたり
髪を直したり服を整えたり。
小さい子の親御さんは
「じゃ見てるからね、ちゃんと見てるからね!」
といって控え室を後にした。

16:00ブザーがなる。
シーンとした空気で
私もやっと本番に向けて緊張してきた。

先生と目が合った。始めるよの合図。
恋に落ちる落とし穴を作られた。

そして先生の歌が始まる。

もうこの瞬間から、頭の中も胸の中も、カラダ中全て恋をするのに必要な場所は全て先生でいっぱいになる。穴はわざと開けられたのを知っているのに、そこに入ってしまった。

この歌と演奏を聴く為
1番近くの舞台袖にいられる
全て全部をもらさず聴く為に
このポジションに駆け上がった。
奥さんでも無ければ彼女でも無い
なんでもないこのポジション。

離れたくないから
フラれたくないから
ずっとこれが良い。
勝手になんでもしてるだけ。
側にいられればそれで良い。

女性ボーカルの曲に差し掛かった。
先生がMCで
「まなみさん、今日はボーカルのお手伝い
 ありがとうございます。」
と言った。すると、まなみさんは
「いやいや、とんでもない」
とかわいい声でサラッと答えていた。
2人はステージでは
目を合わせないようにしているように見えた。

まなみさんは背が低くて華奢なのに
ものすごいパワフルな歌を歌う。
どこから声を出しているのだろう。

けれども
喋ってる声はすごく可愛くて
見た目に似合った声でお話をする。
さっきの挨拶のように
さらっと軽い言い方でお喋りが面白い。

その声と華奢な姿、歌声とのギャップもあり
とても男性に人気がある。
そんなまなみさんに人前でお礼を言うのは
先生も気持ちいいのだろう。

まなみさんの歌を聴きながら
本当は昔
私たちは仲が良かったことを思い出しながら
私は少し控え室を見に行った。

少しずつ小さな子達が終わって
控え室が賑やかになっていた。
ケガをしないように様子伺っていたら
一人だけ輪に入れない女の子がいた。

私はただその子の横に座ってみた。
寂しくないかもしれないし
一人が好きなだけかもしれない。
だから、ただ横にいてみた。

するとその子は
あめをくれて
ニコニコと話しかけてきてくれた。
やっぱり寂しかったのかもしれない。

こっちで楽しく話していたら
さっきまで走り回っていた子たちも、
こっちに寄ってきたので
私があめを準備してみんなにあげた。
そうしているうちにその子は
すっかり輪に入って
またみんなは走り始めた。

ぼーっと
私にも横にいてくれる人がいたらな。
なんて考えてしまった。
勝手に好きなだけなのに。

18:30
無事に発表会が終わった。
社長とみんなのやり切った笑顔が
キラキラと輝いていてステキだった。

準備ばかりに気を取られて
自分のステージはあまり覚えてないけれど
楽しかったのは覚えている。
社長に出会えて
私も音楽で発表会に出られて良かった。

打ち上げには
大人が来ても良い事になっている。
社長と飲むのは楽しみだけれど
先生とまなみさんが
参加するのか気になっていた。

社長とお話できればそれで良いか。
今はとりあえず
先生の側には寄らない方がいいので
控え室などの後片付けを進めていた。

すると
黒くてまあるい帽子が忘れてあった。
私はさっきの大学生じゃない社会人の子のだ!
と出口に走ろうとした。

「打ち上げ自分も参加します!」
後ろから声をかけられた。
私は帽子を渡すことを忘れて
「え?お酒飲めるの?」
とつい聞いてしまった。
そしたらまた
「じぶん!しゃかいじんです!」
と今度は笑って話してくれた。
2人で大爆笑した。

帽子は忘れたんじゃなくて
後片付けも手伝ってくれるつもりでいたらしい。彼はすぐに私が持とうとしていた
大きいテーブルを自ら運んでくれた。

後片付けの間少しお話をした。
歳は23歳で今年の3月に大学を卒業した
新卒の社会人だそう。
どこからどうみても大学生なわけだ。

私の歳は言いたくなかったけど
言ったらびっくりしてくれた。
だからその瞬間から彼を
【模範解答くん】と呼ぶ事にした。

「本当のことなのに!」
と言ってくれた。
本当はとっても嬉しかった。
またそこで2人で大爆笑した。

今度は私が会費を
集めに行かなきゃいけないからと
一足早く会場へと行こうとしたら
模範解答くんも付いてきてくれた。

ついてすぐに
私はいつもの部屋の1番手前の端っこ
下座に座ろうとした。

そしたらそれよりも先に
模範解答くんがそこに座って
真ん中よりを「どうぞ」と促してくれた。
私は良いよって言ったのだけれど
彼は「いえいえどうぞ」と
譲らなかったので
そちらに座らせてもらった。

15人位入る個室に段々人が集まってきた。
先生もまなみさんも到着して
社長も急いで入ってきた。
もちろん、先生の隣になんて座れない。
そうしているのは自分なのだけれど
いつも複雑な気持ちになる。

他ももう輪が段々できていて
入ることはできなかった。
社長も上座でまだまだ喋れなそうだった。
でも別に大丈夫。
一人で周りを見渡すのはいつものことだから。

そう思ったのだけれど
ふと下座より
少し真ん中にいる自分に気がついて
今日は寂しくなかった。

先生が
ビールからハイボールになりそうだったので
店員さんにハイボールをお願いした。

そしたら模範解答くんが
「あいさん、ハイボール飲むんですか?」
と聞いてきたのに対して
「先生のだよ」と言った。
「君はビールでいい?」と聞いたら
「はい!」と答えたので、一緒に注文した。

持ってきた店員さんに
ハイボールはあちらですと
先生の方へ手を向けた。

そしてまたしばらくして
先生が
ハイボールを飲んで
口からグラスを下ろす時に
グラスの中で落ちる氷の音の量で
飲み終わりそうなのを判断した私は
またハイボールをお願いした。

横で模範解答くんは
何も見ずに聞かずに
ハイボールを頼む私をみて
不思議そうにしていた。
そりゃ不思議だよね、変だよね。

私の気持ちを心にしまって
彼にもバレないようにするのは
すこし無理があった。

模範解答くんは
多くは喋らないけど
質問の内容と話の聞き方
自分の話は端的で長すぎず短すぎず
全てのタイミングが絶妙に上手い
俗にいう聞き上手だった。

私の仕事を聞かれたので
リラクゼーションサロンを
やっていることを話すと
自分がアロマに興味があると教えてくれて
話が広がっていった。

好きな香りは
スパイスが調合された香りで
シナモン風の香りが好きとのこと。

私が付けている香りも
「良い香りですね!」というので
ブレンドしてあるアロマを説明したけれど
ブレンド名を聞かれた時
【願いが叶う 】という
ブレンド名だというのは
恥ずかしくて忘れたフリをした。

それから
彼が卒業した大学は東京の方で
十条に暮らしていたそう。

友達とシェアハウスをしていて
ゴキブリ!!出た!!と叫んだら
友達が何事か!と凄い勢いで
2階から走ってきた話。

東大に通っている友達が
小説家を目指していて
今も大学院で頑張っている話。

下北沢で古着を買うのが好きな話。
渋谷で居酒屋のアルバイトをしていたから
酔っ払いには慣れている話。
その話の中で
お酒が好きだからぜひ飲みに誘ってください!
と言ってくれた。

私は何も考えずに
うん。と言ってしまった。
それを喜んでくれた彼が
とってもかわいかった。

会話の途中で
彼のスマホがブーブーと
着信の音が鳴りはじめた。
私が話している途中だったけど

会話を止めようとした0.5秒の隙に
彼はスマホの上におしぼりを置いて
おしぼりごとスマホを手に取り
スマホを床に置いて
おしぼりで手を拭いていた。

私は最初
誰から着信が来たか見せたくないから
そうしたのだと思っていた。
けれど、彼はこの先
確認することも
トイレにこっそり行くフリもしなかった。
様子をみていたら
多分私の会話が途切れてしまわないように
純粋にスマホの音を一瞬で消すために
慌ててやった行為だった。

でも私が
「さっきスマホが鳴ってたよ」と伝えたら彼は
「あっバレました?
 おしぼりで手拭いて誤魔化したのに
 気を使わせてすみません。」と
おしぼりで手を拭いたのも
気を使ったのがバレないようにするためだった。

その後も確認しないどころか
スマホをテーブルに無造作に置いていて
また一瞬光ったとき
待ち受けにしている
学生の頃の集合写真が見えてしまうくらい
私の近くにスマホが置かれていた。

「完璧過ぎてホストみたいだね!」
と私が言ったら
「そんな大それた仕事出来ません!
 あいさんに結果バレてますから!」と
またかわいい笑顔をみせてくれた。

こんな完璧な子、この世にいるんだと
私は感心してしまった。
本当に【模範解答くんだ】と
1人で納得してしまった。

そんな完璧な彼は
「みんなに気を配って、あいさん優しいですね」と言ってくれた。続けて
「いつもみんなの事
 こうやって見てるんですよねきっと。
 お礼のお花を準備したり
 小さい子の寂しい気持ちを察したり
 常に周りを見てて、気を配って
 とても優しいですね。」

優しいなんて言葉、私には勿体なかった。
私のただの実らぬ恋の自己満足を
優しいって言ってくれた。
なんだか申し訳なくて情け無い。

でも、優しいと言ってくれた
彼の優しさのおかげで
たくさんの自己満足が少しだけ
丸くなった気がした。
お礼を言いたいくらいだった。

そうこうしていたら
先生が珍しく私の隣に座った。
私は嬉しくって背筋が伸びた。
ここぞとばかりに顔をそちらに向けた。

「今日の発表会は
 みんなまとまっててとても良かった!」と
話してくれた。
先生がこっちに来たもんだから
周りの視線が段々と集まってきた。

そういえば
先生が隣にいるのに
鋭い視線が気にならないと思ったら
まなみさんは珍しく
飲み放題が終わる前に帰っていた。

聞いたところによると
先生が酔っ払って面倒くさくなってきたから
先に帰ると言って帰ったらしい。

こういう潔さも男性に人気がある。
私には帰る余裕があって羨ましかった。
かっこよかった。

今日は隣にいられるチャンスか。
先生の話題がコロコロ変わるけれど
一字一句全てを逃したくないと
ずっと耳を傾けていた。

ふとたばこの灰皿をみたけど
今日はそんなに吸っていない様子だった。
まだ買いに行かなくて良さそうと
少しルンルンした。

でもそれはきっと
まなみさんが側にいたからだとすぐに思った。
大切にされていることに少し嫉妬した。

けれど、とにかく。
今は隣に居たいから。
灰皿のタバコが増えないことを祈った。

またしばらくして
社長もやっと近くにきてくれた。
「あいちゃんの気遣いさマジで半端ない。
 感謝しかない。本当にありがとう!」
と言ってくれた。
また嬉しい気持ちと情けない気持ちが
反比例する。

すると社長が模範解答くんに向かって
「君!ウチの写真教室のモデルさんやって!」
と言った。
「お洒落だしスタイル良いし
 夏の写真教室のモデルに決定!」と
有無を言わさず社長が決めた。
模範解答くんは
「え!」と一言だけ言って
社長が決めてしまったので
「わかりました!」と恥ずかしそうにしていた。

そしてまた社長が
「一人だと緊張するよね!
 あいちゃんついて来てあげて!」と言った。
私は「もちろんです!」と話した。
社長のお手伝いができること嬉しい。

模範解答くんはこちらをみて
はにかんだ笑顔で
「絶対に来てください!」と言った。
私はその笑顔をみて「うん」と
満遍の笑みで答えた。

彼はその時どんな服を着てくるのかな。
どんな格好で、どんな顔で
どんな笑顔でレンズを覗くんだろ。

模範解答くんと夏の約束ができた。
その事がとっても嬉しかった。
楽しみで仕方なかった。

社長が来てくれたことで会話が弾み
模範解答くんもモデルの話題から
周りと話し始めて
みんなが一つになった気がした。
さすが社長だなと思った。

この一つになったタイミングで
みんなからです!と
社長と先生に隠しておいた花束を渡した。

他のみんなも二人に
「今日はありがとうございます!」と
拍手をして盛り上げてくれた。
2人はとっても喜んでくれた。
私は模範解答くんの拍手がかわいくて
微笑んでしまった。

その時、急に先生が私の方を見て
「あい、今日もありがとう」
と見つめてきた。

何が起きたか分からなかった。
心臓がドキドキして
私は真っ赤になった顔をあげられなかった。
みんなが一つになったつもりだったけど
このタイミングで二人の世界になった気がした。

先生が酔っ払っていることは
わかっているのに。
嬉しくて、切なくて。
別に先生は
何も考えてない事くらいわかっているのに
なにもかもわからなくなった。

私はあと何回、あと何年、
本当にあとどれくらいなんだろう。
これを繰り返したら
自分の失恋に気づけるのだろうか。

また先生はすぐにみんなの方に視線を変えた。
「そうだ!社長!夏の前に!
 クリスマスライブもありますよ!
 みんな出てくれるよね!?」
と全体に聞いていた。

そして先生が
模範解答くんをみて質問をした。

「ね、きみも出られるよね?
 え、?もしかして?クリスマスは?
 誰と何して過ごす??」


12:09
私はそっと立ち上がり
早歩きでコンビニへと向かった。

外には雪が降っていて
夏はまだまだずっと先だと
冷たい風が教えてくれた。

何を買いに来たのか忘れてしまったくらい
私の心臓がドキドキしていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?