#LIVE 連れ去られた

テキーラは飲み慣れてる。
だからその場では熱くなるけど
すぐに通常に戻る。

はずなのに、そのはずなのに
ドキドキが止まらない。

いつもチェイサーは
テキーラサンライズなのに
今日はレゲエパンチにしておいた。

私は隣に座ってはいるものの
彼は大御所のおじさん達と会話が弾んでいる。

何か喋りたいけど
今はこの会話を聞いている方が
心地よい。し、助かる。

彼は
ハイボールを水のように飲んでいる。

飲み干す時の氷をカランと動かす音が
とても美味しそうに感じる。
隣で最後の一滴のその音が何度も聞こえた。

おじさんは少しずつ帰っていって
同世代が残って
同じテーブルに固まっていった。

同世代が集まると
カラオケ大会が始まる。
さすがは音楽好きの集まりで
上手い人しかいない。

彼は酔っ払って歌詞が見えなくて
急に鼻歌になったのだけれど
どこかで聞き入ったことがあると思ったら

半年前の結婚式で
世界に一つだけの花を
歌詞がわからなくなって鼻歌になったのに
ハモリで会場を盛り上げたあの人は

この彼だったんだと納得した。

どこに行っても何をやっても
主役になってしまうこの彼を
好きにならない人はいるのだろうか。

歌い終わってまた隣に座った彼の
長い脚が私に少しぶつかった。

あの瞬間から
もう始まっていた
一目惚れすらしていない
一触れ惚れ。

2人になる機会なんてなくて
伝えることもできない。
会う口実を作ろうとしたって
いつもそばに誰かがいる。

相手がいる人を好きになってしまった
この終わりが見えている恋を
ちゃんと今日終わらせよう。

普通の生活に戻る切なさと
一つの恋を終わらせた切なさが
いつもの何十倍も切なさを背負って
今にもやってきそうだった。

この店を出る頃には
もうトワイライトが見えてるのかな。

すると
『えー!!きゃー!!』と
叫び声が聞こえた。

彼女さんの声だった。
まだ飲み足りない大御所の夫婦が
話がある!と彼女さんを
連れ去ろうとしていた。

それを見た彼は
少しため息をついて
彼女にどうしたいか確認していた。
彼女さんは彼の手を離さなかった。

でも
一つだけ聞こえたのは
『俺は行かない。』

大御所の夫婦は
お前も来なさい!と強く言っていたけれど
彼は聞こえないフリをしていた。

手を振り解いて
離れた瞬間にドアが閉まって
彼はまた溜め息をしながら
こっちに戻ってきた。

それを見ていた
同世代の先輩がボソッと言った。
『結婚の話だろな!』

戻ってきたら彼は
『その話は今じゃない』
とだけ言って
何事も無かったかのように
またカラオケが始まった。

私は彼と彼女さんの結婚を
応援している人がいること
結婚の話まで出ていること

それらに
凹みそうになったけれど
今この瞬間気付いたことがある。

ここには
彼しかいなくなったこと。

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