見出し画像

働き方改革や生産性向上がほんとうに目指すべきは、フォードのライン生産級のイノベーション | きのう、なに読んだ?

ニューヨークタイムズに “5-Hour Workdays? 4-Day Workweeks? Yes, Please” (「5時間勤務?週4日?ぜひ、よろしく」)という論考が出ていた。副題は、”Sick of round-the-clock work emails and Slack messages? Here’s some hope.” (24時間来るメールやSlack にうんざりしてませんか?希望はあります)。

ジョブレス生活を続けるうち、1日8時間×週5日はちとキツいのではないか…と弱気になってきてるところだ。しかも著者はカル・ニューポート。これは読むでしょう!

カル・ニューポートは、ジョージタウン大のコンピュータサイエンス(ネットワーク理論)の教授。自分の専門分野とは別に知的生産について本を6冊も出版している。こちらのTED動画の人です。「私はミレニアル世代の コンピュータ科学者・作家だが、ソーシャルメディアのアカウントを一度も持ったことがない」という強者。

ニューヨークタイムズの論考の中で、カル・ニューポートは、私たちはネットワークコンピューター時代において、知的生産性を高める技術をまだ発明できていないのではないかと言う主張をしている。歴史的な観点から論じてるところが、面白かった。記事をかいつまんでご紹介します。

まず、論考では就業時間は1日たった5時間(報酬は8時間勤務と変わらず)というドイツのスタートアップを紹介する。「メールやSNS、長い会議など、集中力を邪魔するものを排除し、事業に意味ある業務だけに集中すると、1日5時間でOK」。業務時間中はSNS禁止、スマホはしまう。会議は基本15分、業務メールは1日2回しか対応してはいけない。

ちなみに、このドイツのスタートアップについて詳しく報じているWSJの記事も見てみた。5時間勤務になると、短時間で仕事を終わらせるプレッシャーがあり、仕事中に家族との連絡も取れないなど、大変なこともある。でも、ある社員は5時間勤務になってから、昔の趣味だった絵画を再び始め、週末に副業したり友達とバスケを楽しむゆとりができた。8時間勤務だった頃と比べると時間も体力も余裕がある。もちろん、締め切り前に残業することもあるが、クライアントも理解してくれている、という。「たまにクライアントから、『御社に転職できないか?』聞かれることもありますよ」と。こんな内容だった。

さて、カル・ニューポートの論考に戻ろう。ここからが本題だ。

It’s easy to forget that the way so many of us work today is new. The term “knowledge work” wasn’t introduced until Peter Drucker’s 1959 book, “Landmarks of Tomorrow,”

「忘れられがちだが、今の私たちの働き方は、実はまだ歴史が浅い。『知的生産』という言葉が初めて使われたのは、1959年。ピーター・ドラッカーの著書 “Landmarks of Tomorrow(「変貌する産業社会」)においてだ。」

But early knowledge work was still quite different from our modern professional lifestyle. To get from the “Man in the Gray Flannel Suit” era of long lunches and secretaries screening calls to our current experience of constant frantic connection, we must wait until the arrival of networked desktop computers during the 1980s and 1990s, which connected us digitally through tools like email, followed by the smartphone revolution in the 2000s, which made this connectivity ubiquitous. The approach to cognitive work that Mr. Rheingans’s “radical” plan seeks to upend, in other words, is at best 10 to 20 years old.

「しかし、初期の知的生産は、現在とは随分違う。当時はグレーのスーツの紳士がゆったりとランチをとり、電話がかかってきても秘書が選り分けてくれた。そこから現在のように、常に繋がって慌ただしい状況になるまでには、2つの大きな変化があった。まず1980年代から90年代にデスクトップコンピューターが普及してネットワーク化し、メールのようなデジタルツールで繋がるようになった。さらに2000年代以降のモバイル、スマホ革命に伴って、私たちはいつでもどこでも繋がるようになった。先に紹介したドイツのスタートアップの働き方を「革命的」だと感じてしまうが、現在の「一般的」な働き方は、2つの変化が起きた後、つまり、せいぜいここ10年から20年のものなのだ。」

As late as 1913, Henry Ford, like most other automakers at the time, still built cars using the “craft method,”in which each vehicle was constructed in a fixed spot on the factory floor, with workers bringing over the various pieces needed for its assembly. Complex components like the magnetos were still constructed by hand by a single skilled worker at a stationary work bench.

「(自動車生産に革命をもたらした)ヘンリー・フォードは、1913年までは、他の自動車会社と同様の「手作業」で組み立て生産をしていた。固定された組み立て場所に、職人がパーツを運んで来ては組み立てる方法だ。マグネトー(発電機)のような複雑な部品は、熟練職人が手作業で、工房で一人で製作していた。」

The craft method of manufacturing was simple and convenient — directly scaling up the natural approach artisans had always used to assemble complex artifacts. But then Ford launched a series of bold experiments to explore approaches to this work that would trade simplicity and convenience for vastly more effectiveness. These experiments, of course, were successful. In early 1913, the labor time required to produce a Model T was around 12½ hours. By 1914, after Ford instituted the continuous-flow assembly line supported by specialized tools, this time dropped to only 93 minutes.

「手作業による自動車生産は、シンプルで、やりやすかった。それまでずっと、様々な職人が工房で高度なものを作ってきた方法から、自然に発展してきたやり方だからだ。しかし、フォードは生産方式の新たな可能性に向けて、斬新な実験をいくつも行った。それまでのシンプルさ、やりやすさと引き換えに、圧倒的に効果的な生産方法を探った。実験は、成功した。1913年初頭、T型フォード1台を生産するには、約12時間半が必要だった。それが1914年、特別な機材を搭載した連続フロー組み立てラインが稼働すると、その時間はわずか93分に短縮されたのだ。」

I believe that knowledge work today is where automobile manufacturing was in 1913. The way we currently work is simple and convenient. Because everyone can talk to everyone at any time through email and instant messages, we just let work flow along as an unstructured conversation made up of missives flying back and forth through the electronic ether. This scales up the way we’ve always naturally collaborated in small groups. 

What Lasse Rheingans is attempting, by contrast, is much less simple and convenient. If I can’t simply reach you with a quick email at any time, my work is going to require more forethought; some things might even get missed, some clients occasionally made upset. But it’s worth remembering that the assembly line was also much more complicated and much less convenient than the craft method it replaced.

「私は、現在の知的生産のあり方は、1913年時点の自動車生産の状況と同じだと考えている。現在の働き方は「シンプルでやりやすい」からだ。メールやチャットでみんながみんなに話しかけられる。だから、電子空間を飛び交う整理されてないやりとりの中を、仕事はふわふわと流れていく。それまでずっと、少人数で行ってきた自然なコラボレーションから、自然に発展してきたやり方だ。

紹介したドイツのベンチャー企業の働き方は、それと比べると、シンプルではないし、やりやすくもない。思い立ってもすぐメールできないのなら、仕事の進め方を事前に考えて組み立てなくてはならない。見落としも出るだろう。クライアントも不満に思うかもしれない。それでも、思い出してほしい。自動車の組み立てラインは、それまで主流だった手作業生産に比べて、はるかに複雑でやりにくかったことを。」

To believe, in other words, that our current approach to knowledge work — which is brand-new on any reasonable scale of business history — is the best way to create valuable information using the human mind is both arrogant and ahistoric.

「別の言い方をするならば、現在の私たちの知的生産の方法は、ビジネス史の時間軸においては非常に新しい。現在の働き方を、人間の知能を生かして価値を生み出す最良の方法だと考えるのは、歴史を無視した思い上がりだ。」

ーー記事の紹介ここまでーー

つまり、メールをチャットに置き換えて、それをイマドキとか生産性向上とか言ってるなんて、甘いよ、という話だ。残業禁止にするだけでは、生産性向上にならないことは、みんな実感している。本当の知的生産性の向上とは、自動車1台製造するのに12時間半から1時間半に短縮するのに相当するような劇的な変化を目指すべきだし、自動車製造が手作業からライン生産に変わったような、根本的な発想の転換が必要、という議論だ。そして「シンプルさ」「やりやすさ」を追求しても、その域には至らない可能性があることも、示唆されている。

ついでに言うと、1日4、5時間勤務で十分に価値が生めるような知的生産方法が実現すれば、子育てや介護などと仕事の両立にまつわる問題も、根本的に解決する道が見える。

ワクワクするじゃありませんか。

「働き方改革」「生産性向上」をうたうなら、これくらいの目標感で取り組みたい。

今日は、以上です。ごきげんよう。

(Pictures by Alden Jewell, Dirk Forster)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?