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言葉と思考、言葉と感覚(「言語学の教室」) | きのう、なに読んだ?

「認知言語学とか、どう?」

数ヶ月前の同窓会で会った先輩に、言われた。私が仕事を辞めて数ヶ月、もうしばらくぶらぶらしようと思っていた時期だ。「大学院とか行かないの?」と先輩にきかれ、いやー、特に追求したいテーマもないので、と答えたら、「認知言語学とか、どう?」と言われたのだ。

なんすか、それ?
「人間の感じ方と言語の関係とかを研究するんだよ。シノダさん、そういうの好きでしょ。」

はい、好きです。
私は帰国子女で成人してから留学経験もあり、英語に親しんできた。日本語でした言い表せない感じもあるし、英語でしか表現できない概念もあるという身体感覚が、私にはある。たとえば、「よろしく」のニュアンスを日本語話者ではない人に説明するのがたいへんだし、appreciate に込められるニュアンスを日本の知人達に伝えるのも難儀だ。日英両方使えることで、どちらか一方の言語しか使わないことよりも、自分の思考に幅が出ている感覚もある。だから、言語と思考力や認知能力の関係を分析した論考には、いつも興味がある。お気に入りを4つ、ご紹介します。

1)日英仏3カ国の、小学生の作文指導を比較分析した研究。
日米仏の思考表現スタイルを比較する──3か国の言語教育を読み解く──
渡辺雅子[国際日本文化研究センター助教授]


2)言語体系のあり方が、人の認知能力に影響するという研究。


3)言語能力が不十分だと、悩みを保持することができず、それが行動に影響するすいという論考。「国語力の不足が内省力の不足に直結し、悩みを保持することができず非行に走りやすい傾向を生むという状況をしばしば認める。」


4)依存症や障がい者などの苦労を持つ人たちが、自分の言葉で自分の経験を語り、それを仲間が受け止め、さらに社会に開く「当事者研究」。自分の苦労を語る自分の言葉を持てるようになり、社会の価値や知識も変革されていく。


「認知言語学」というものの存在を知って数ヶ月、SNSで入門書の情報が流れてきたので読んでみた。

始めのほうは、何でこんなことを理屈こねくりまわして議論してるのかしら、という印象だった。それでも読むのを止めなかった。本書は、言語学者と哲学者の対談形式なのだが、ふたりがキャッキャうふふしてる感じが、何とも微笑ましいのだ。例えばこんな調子で。

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西村  そういうことです。まあ、慣れればどうってことないです。  
野矢  いやいや、なかなか慣れない(笑)。でも、まあ、がんばります。

位置: 1,241
野矢  おもしろいですね。
   いや、おもしろそうなんだけど、もうひとつそのおもしろさがピンときてないな。ええと、なんでおもしろいんでしょう(笑)。

読み進めるうち、だんだん内容にも引き込まれていった。例えばこちらの話。

位置: 1,528
西村  たとえば日本語の「赤(い)」にあたる語はいろいろな言語にあるわけですが、それらは必ずしも同じ範囲の色を表わしているわけではない。ある言語はオレンジ色っぽい色をそこに含めるかもしれないし、他の言語は含めないかもしれない。だけど、どの言語でも共通にその語で意味される赤さの範囲があるんですね。   

野矢  「焦点色」というのがあって、それは調べてみたらどうも人間に共通のものらしいという話(Berlin and Kay, Basic Color Terms, 1969)ですよね。それまでは、赤から紫まで連続的に推移するスペクトルのどこからどこまでを「赤」と呼ぶかといった、色の切り分け方はまったく恣意的で、言語や文化に相対的だと論じられることが多かったのが、その研究以降、色の捉え方も焦点色に関しては普遍的なのだと論じられるようになった。  

西村  そうです。赤の焦点色については、どの言語でも「赤」に対応する語で指すことができます。だけど、焦点色からだんだんずれていったときに、どこまでを「赤」に対応するその語で表わすかは、言語によって違いがあります。それと同じように、使役構文もまた、そのプロトタイプはすべての言語に共通している。しかし、そこからどういう方向にどの程度拡張していくかは、言語によって違う、と。そういう見方で分析していくわけです。

後半のメトニミーの話、プロトタイプ、メタファー、「タフ構文」、言語の揺らぎ、認知言語学の主な学説が持つ視座あたりは、かなりワクワクした。巻末の参考文献をつぶさに確認して、次はどれを読もうかしらと思案するくらいには、興味を喚起された。まだ、本書の論点を自分なりの理解でひとに伝えるところまでは行けてないけれども。

あと、最後に「キーワード一覧(コピーして検索にお使いください)」として、こんな具合に言葉が並べてある。これは秀逸。他のノンフィクションでも、ぜひこういうのを付けて頂きたいです。

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世の中には、私の知らない、面白いことがたくさんあるなあ。

今日は、以上です。ごきげんよう。

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