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企業はなぜ売上にならない学会発表をするのか

企業の学会発表が多いなぞ

今年も半導体の業界人なら誰もが知っているVLSIシンポジウムが閉会して、もう少しでIEDMの季節になりますね。

遅れながら、PC Watchに掲載されていたVLSIシンポジウムの投稿論文数と採択論文数を眺めていたのですが、投稿件数としては企業(Industry & Res. Inst)と大学(Academia)はだいたい半々でしたね(図1)。


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図1. 企業と大学のVLSIシンポジウム論文採択数
<https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/event/1331147.html>

この円グラフを見て、ふと学生時のことを思い出しました。

「企業が学会発表してくれると、学生側は最新研究動向とか企業がやっている研究を知るメリットがあるけど、企業側にはどんなメリットがあって学会発表しているのだろうか?」

「わざわざ競合他社がいる学会で、自社技術を紹介しなければ真似されるリスクを減らせるし、自社製品を使ってくれる顧客にだけ情報を開示すればいいのに」

と生意気にも思っていたのです。

調べていくうちに、学会で全く公表しない有名企業があることや、自社技術を広く知ってもらうために学会発表していることを知りました。

しかしそれでも、私どうしても腑に落ちなかった記憶があります。

「いや、学会発表している企業は半導体業界だとかなり多いし、何だったらやっていない有名企業の方が少ない。そもそも企業の持つ技術が凄いことが業界内で浸透すれば、それ以降は発表しなくてもよくないか?」

この疑問は学生の間に解決することはありませんでした。

月日が経ち、私も就職して企業で研究をしながら学会に参加することが増えてきました。

そこで、最近ようやく学生時代の私に、自分なりの答えを出せるようになったので、私の体感として企業が学会発表する理由を書いてみることにしました。

企業が学会発表する理由

このブログを書く前に、もう一度企業が学会発表する理由がネットにかかれていないか調べてみました。

最近だと、くりおぷとバイオさんが書かれたブログで、企業が学会発表する意義を丁寧に書かれています。

くりおぷとバイオさんブログ
<https://www.cryptocurrency-bioresearch.com/social-topic11>

こちらのブログでは、企業が学会発表する意義について、2つの理由を挙げられています。

1. 共同研究先を見つける
2. 自社研究に活きる技術を見つける

これらはもっともな理由です。

無数にいる発表者から、自分たちの研究している技術とコラボできる発表を探せば、今後より良い研究開発に発展させることができるからです。

しかし、私が会社で研究をやっていて思うのは、もっと直近の研究開発や現在進行形の業務に活かすためにも、企業は学会を活用しているように思うのです。

ここでは、他のブログで書かれていない私の感じた学会発表の必要性に関して話していきます。

理由1: 顧客を集めるため

先に書いたように、有名学会で発表することでその分野をリードする存在であることを顧客に知ってもらうことができます。

しかし、発表すれば何でもよいのではなく、発表するからには顧客に

「すごい技術だ!!!」

と思われる必要があります。

そう思われて初めて顧客から声がかかり、聴講者だった顧客と製品を採用する話を進めることができます。

学会聴講している人も企業人ですから、社内の人間を説得するために、その技術の凄さを納得してもらう必要があり、必然的に優れた技術(優位技術)が必要になります。


理由2: 業界のマル秘情報を集めるため

優位技術を発表するとついて回るのが、業界通の人との接点です。

記者や他社研究者の方々は、長いことその業界にいるため、業界にいる一部の人しか知りえないマル秘情報を持っていて、それらをやり取りをすることができます。

その昔、私も学会発表した後に、光栄にも声をかけてくださった有名企業のマネージャーの方がいらっしゃったのですが、雑談してたわいもない話をした後に、内々に情報交換を迫られたことがありました。

しかし、ペーペーだった(というかまだ学生だった)私が出してはいけない情報の線引きなんてできるわけはなく

「教授に聞いてください!私は知りません!!!」

と言って逃げ帰ったことがありました。

後でよくよく考えると、ものすごく失礼なことしたことに気付いて、何日もの間凹んでいました。トホホ…

理由3: プロジェクト成果の見える化

基礎研究など長期間の研究開発が必要な案件では、プロジェクト成果をコンスタントに上げる必要があります。

長期プロジェクトになればなるほど、膨大にかけた研究費が回収できるのか不安に思う人がいるもので、そういった人に納得してもらう手段のひとつが有名学会発表という成果の見える化なのです。

「有名学会で発表できる良いデータが出ているみたいだし、もう少し様子をみよう」

となりやすいわけです。

純粋に学問をやっている人たちからすると、この活用方法は不愉快に思われるかもしれませんが、大学や研究機関も学会や論文誌と言う媒体で「成果を見える化」することで、翌年度の研究費を国や財団などから獲得しているわけなので、仕方なしかなと私は思っています。

理由4: プロジェクトの終息

残念ながら、いくらよい技術でも限られた期間内にものにならなければプロジェクトが終わることになります。

そうなったときに、これまで取得したデータを学会で発表することがあります。

発表することで、業界のマル秘情報集めやプロジェクト最後の成果を見える化して活用するわけです。

これは企業に入って分かったことですが、実はプロジェクトが終息したから学会発表している数は思いのほか多いのです。

発表を聞いている学生からしてみれば

「この発表された技術はすごい!自分もこの技術を研究してみたい!!!」

と思って入社しても、実はとっくの昔に終息したプロジェクトでした、なんてことになります。

これに気付いた当時は

「詐欺じゃん!!!」

とか思いました。

まぁ学会は製品発表の場ではないので、もちろん詐欺ではないのですが、若干もやっとしました。

企業が学会発表する条件

以上の理由から営利目的の企業は、利益を優先するがために学会発表しているわけですが、発表するにも当然条件があります。
こちらに関しても説明していきます。

条件1: 優位技術

これに関しては既に述べた通りです。
優位技術がなければ顧客や情報通の人達を動かすことはできません。

条件2: 特許出願

せっかく研究開発した自社技術が優れていたとしても、マネされてしまってはすぐに優位性を失ってしまいます。

これを防ぐために、学会発表前に特許出願をガンガンに行い、他社が真似できないようにします。

そして、他社が出した製品は、必ず購入後にばらして隅々まで分析(リバエン)して、自社特許が侵害されていないかを調べます。

これが意外とバカにならないもので、他社が自社特許を踏んでいるケースは多いのです。

こういった場合、特許使用料をもらったりクロスライセンスに持ち込みます。

一方、出荷された製品をリバエンや測定してもわからない情報は、学会、論文誌や特許にも出しません。

出したとしても自社特許が侵害されていると証明することができないからです。

いわゆる社内ノウハウと呼ばれるもので、こういった社内ノウハウがその製品の肝だった場合、社内でも限られた人にしか情報が渡らないように情報規制がかけられたりします。

また、測定しても分からない情報でも、その測定結果を発表しないとその技術のすごさがわからないケースでは、規格化した値や任意単位(a.u.)をグラフに使用して発表します。

企業の論文が大学の論文に比べてグラフの縦軸にa.u.を多用しているのはこのためです。

また、似たような理由で昨今の微細トランジスタなどのサイズに特徴を持つデバイスでは
他社に詳しいサイズを知られたくないため、
スケールバーを入れないことが多いです。

裏を返すと、企業が学会発表しているグラフや画像から以下のことが言えます。

グラフにa.u.を使っていない
→容易に測定できる
→製品仕様書に記載される数値

画像にスケールバーを入れる
→デバイスサイズに特徴はない
→画像に写っていない箇所に特徴がある

業界動向や他社状況を鑑みて、どのデータなら出せるのかを考えながら企業は学会発表しているのです。

まとめ

いかがだったでしょうか。

学会の活用の仕方だけとっても、大学、研究機関や企業でいろいろな考え方があるものです。

このブログで、自分と同じ疑問を持った学生が腑に落ちて、今後の就職活動に役立ててくれると嬉しいです。

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