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怪人! フジテレビ板谷栄司伝

 フジテレビの「片岡飛鳥」と言えばお笑い・バラエティ好きの間で知らぬ者はいない存在である。様々な演出手法を独自に生み出した点において、同業者としては尊敬の念しかなく、小生のリスペクトは永遠のものと言っていい。
 「ツッコミテロップ」は片岡飛鳥氏の発明品で、今やどんなバラエティでも見かける定番の手法である。片岡飛鳥氏は『めちゃイケ』を演出する中で、ロケコントのあらゆる形を作り上げた。お金があって華やかな、フジテレビバラエティの黄金時代を演出した巨人である。
 同じく、フジテレビのバラエティには「小松純也」と言う、ちょっと違うタイプの巨人もいて、この方も凄いのだが、本題に行きたいので一旦忘れることにする。
 フジテレビのお笑い班に「片岡飛鳥」がいるとすれば、音楽班にもやはり同格で語るべき豪腕がいたのだ。
 だが、本人が前に出たがるタイプではないので、世間的には殆ど知られていない。
 その男の名は「板谷栄司(いたや・えいじ)」と言う。
 名前は知らなくても、板谷栄司氏がディレクターとして手がけた番組を見たことがない人はいないはずだ。「FNS歌謡祭」「SMAP×SMAP」「HEY!HEY!HEY!」「僕らの音楽」などで、特に音楽コーナーの演出に才能を発揮した。伝説の天才ディレクターと言われる。

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 板谷氏のディレクター時代の発明品はいくつもあるのだが、代表的なものに「アーティストが向かい合って歌うコラボ」がある。
 アーティスト同士が共演することは昔からあったのだが、板谷栄司はコラボするふたりを向かい合わせた。そして、そのふたりを、どうやって撮っているのか分からないようなカメラワーク&カット割りで演出したのである。そんな事をするディレクターは今までいなかった。
 板谷氏の経歴の中でも特筆すべきは『FNS歌謡祭』の総合演出である。これを10年連続でつとめた。グランドプリンス新高輪の大宴会場「飛天」からの生放送で、一番多い時には一晩で3億円もの予算を使って番組を作っていた。破格すぎて目眩がする金額である。このサイトには、『FNS歌謡祭』のセットがどう作られているのか詳しいので、興味がある方は飛んでみてほしい。

 セット作りは、ほとんど「建築」である。「飛天」をつくった村野藤吾も驚くような作り込みがなされた。事実、セットを作るフジアールには一級建築士が働いている。
 『FNS歌謡祭』では、自分の出番ではないアーティストは丸テーブルで、客に回った。「日本アカデミー賞」などで見る、あの形式だ。板谷氏は、この客席側も曲ごとに「アーティストの席替え」を行なった。例えば、若い男性アイドルが歌う時には、客席テーブルの最前線にベテランの歌手を座らせ、拍手させる。
 すると、数字が落ちないのだと言う。どの世代にとっても「常にお目当が映る」のでチャンネルが変えられない。興味を継続させる戦略である。
 19時台、20時台、21時台、22時台、それぞれ、テレビの前にいる視聴者層は異なる。そんな世代間のギャップを埋めるように、やはり若手とベテランを、男性と女性を、巧みに組み合わせ“コラボ”させてきた。
 板谷栄司は自他共に認める「コラボレーションのスペシャリスト」なのだ。
 ちなみに、ジャニーズのグループを初めてバラバラにして歌わせたのも板谷氏の発案による。ジャニー喜多川氏に提案した所、最初は「あのディレクターはクレイジーだ」と言われたと言うが、以後その演出は定番となった。板谷栄司はジャニーズ内でもグループを解体し、コラボさせてしまうのだった。
 「SMAP×SMAP」では音楽コーナーで国内外のアーティストと豪華なコラボをいくつも実現させた。撮影には最新の機材。スタッフには最高の人材を集めた。背景や編集に使われたCGも、センスの塊だった。
 総合演出を務めた「FNS歌謡祭」の10年間の平均視聴率は20%以上。演出と戦略の賜物である。
 ちなみに、主にテレビ東京を主戦場にしてきた小生は、20%を超える番組に関わったことがまだない。フジテレビの特番、TBSのゴールデン番組に関わった時、10%を超えただけで感動したものだ。

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 そんな音楽番組の豪腕ヒットメーカー板谷栄司が、DからPとなり、フジテレビ音楽班全体のトップに立った。プロデューサーとして、森高千里さん司会の音楽番組を新たに立ち上げたりしたのだが、3年前、「音楽番組でやれることは大体やった。やっぱり美術がやりたい!」と、(これは意訳であるが)、自ら嘆願しフジテレビ美術局に異動した。
 本人は音楽よりも美術に興味があったと言う。
 板谷氏がフジテレビに入社し、『ミュージックフェア』のADになった当時は、「ベースギターに何本の“ひも”があるかも知らなかった」と回想する。ベースの「弦」を「ひも」と表現するレベルだった。
 
 そもそも、板谷栄司は書家である。書の達人なのだ。
 大学は書道専攻。入学するや、1年生にしてありとあらゆる賞を総なめにした。実はフジテレビにも、この書を特技として一芸入試で入社している。小生は以前それを何かの記事で読み、先日、本人に確認したので事実である。
 そして、関わる番組のタイトルを、何度も自ら揮毫した。揮毫(きごう)とは、毛筆で文字を書くことを言う。

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 板谷氏が立ち上げた番組『僕らの音楽』。

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 板谷氏が監督した映画『ラブセッション』。

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 板谷氏が立ち上げに関わった『Love music』。

 釣りが好きで、鯖が好きなため、ペンネームとして「鯖大寺鯖次朗」を用いた。そんな書家・板谷栄司は、こと文字に関しては、独特の美意識がある。
 先に画像として引用したのテレビ画面のキャプチャをよく見て欲しい。「板」の字が少し変な気がしないだろうか?

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 これは板谷氏が既存の「板」の字を、そのまま使うのを良しとせず、わざわざ「木」と「反」を持ってきて、長体にして組み合わせている為、こうなっている。
 WHY?である。意味がわからない。
 ただ、優秀な人には、こうした独特の面倒くささがあるものだ。
 板谷氏の元で働いたことがある人間は、彼を「芸術家」と評した。なるほど。それは小生も実感した。
 仕事は感覚で行われる。一つも公務員的な所がない。良くも悪くもルーズな所があるし、だけど、クリエイティブな部分では決して譲らない。優秀なプロデューサー陣が彼を支えたのだろう。逆に、泣かされてきたADが何人もいたに違いない。

 別の地上波キー局からフジテレビにヘッドハンティングされたプロデューサーのA氏が、ある時こんなことを言っていた。
 「フジテレビは優秀な人が少ないよ。(○○局)の方が全然優秀な人が多かった。フジテレビは本当に、10年に1人の天才みたいな人が支えてきた局なんだって入ってみて実感するね」
 片岡飛鳥氏、小松純也氏、そして板谷栄司氏といった面子が、その10年に1人の人間たちである。

 そんな板谷氏がある時、弊社に電話をかけてきて「一緒に何かやりましょう〜」と言ってきたのが、2019年の春頃。
 それから「日本美術のことを勉強したいので、美の巨人たちの過去完見せて〜!」など言われたのだが、やや面倒くささを感じ、「この本を読むといいですよ」などと言って雑誌「和楽」や「まんが日本美術史」などをオススメした。
 その半年後のこと。

 「瀬川くんのピカソの番組見たよ!あれは俺には作れないわ。チカラを貸して!」と板谷氏。そう言われたら、こちらも嫌な気はしない。「私にできることなら」と言って、板谷氏が企画した美術展を一緒に作ることになった。

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 それが現在開催中の映像による美術展『巨大映像で迫る五大絵師 -北斎・広重・宗達・光琳・若冲の世界-』である。
 地下鉄大手町駅C4出口直結、OTEMACHI ONEの3階、大手町三井ホールにて、7月16日から9月9日まで開催。

 あの豪華絢爛な音楽番組を作ってきた男は、日本美術をどう演出するのか? その辺り、ご注目していただきたい。
 所要時間は1時間から1時間半。美術展というよりもアトラクション的な楽しみ方で、基本的に座って見ていられる。冷房が効いていて涼しいし、ビルの中にはカフェやレストランも充実している。展覧会グッズも充実しているので手に取ってもらえると嬉しく思う。
 会場で流れる「解説シアター」は私の構成演出。
 また、私の制作した関連番組や、YouTubeにもPR動画をいくつもUPしているので、良かったらこちらもご覧いただきたい。(会期終了と共に非公開に。)
 メイン会場の映像は「SMAP×SMAP」の音楽コーナーで板谷氏が絶大な信頼を寄せたCGアーティスト、F氏が手掛けている。その映像の迫力とクオリティの高さを感じて頂きたい。
 コロナの影響で1年延期となり、2021年夏、ようやく開催となった。

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 もちろん、タイトルその他、大きく登場する筆文字は全て板谷氏による揮毫である。

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 いわゆる「楷書」も書こうと思えば書ける。
 だが「面白くない」と言う。
 書の面白さは、バランスに尽きるそうだ。「ふり」や「はらい」の際には、うまいこと筆が割けてくれ!と思ったりして書くらしい。かすれ具合が「味」になる。この写真の「伊藤」の字、いい味しているなと素人の私でも分かる。
 崩して遊ぶ。だが崩し過ぎず、バランスを取る。
 板谷氏の書の極意は、そのまま、彼の演出論に通じるのである。

『巨大映像で迫る五大絵師』チケットの予約は必要ないので、フラリと会場に足を運んでもらえると嬉しい。

〜2021年9月加筆〜

 キレッキレの板谷栄司ディレクター時代の作品がネット上にある。これは違法アップロードであるため、いつ消されるか分からない。SMAPのライブを200台近いカメラで収録したり、お寺でのサザンのライブ、いろいろと破格な板谷ワークスを今に伝える貴重でイリーガルかつ必見の映像である。

 ライブの最後にステージに上げられ、木村拓哉から「ディレクターはこの人!」と紹介されて数万人のファンから「DVD買うー!」と声をかけられた経験を持つ人物は、世界広しと言えども板谷栄司くらいのものなのだ。

これなんかも素晴らしい。

〜2022年3月加筆〜

 片岡飛鳥氏の名前を持ち出して綴り始めた本稿だが、くしくも、その片岡氏と同じタイミングで、板谷栄司氏もフジテレビを辞めてしまう。
 「Love music」森山直太朗スペシャルで本人の口から告げられた。直太朗さんは思わずそれに涙し、感謝の気持ちを告げる場面が感動的だった。

 2月下旬の報道では、「フジテレビが早期退職募集 退職を希望するのは仕事ができる“功労者”ばかりか」と見出しが打たれたが、その通りになったと言えるかもしれない。
 
 無責任なことを言えば「片岡飛鳥さんも板谷栄司さんも、もっと早く辞めても良かったんじゃない!?」なんて思う。遅すぎるくらいだ。
 これからどんな活動をされるのだろう。それが今から楽しみである。

 森山直太朗スペシャルで改めて板谷演出を見たが、「シャンデリアを思いっきり足元まで下げる画づくり」や「痺れるようなカメラワーク」に、やはりディレクターとしてのこだわりと切れ味を見た。
 画の詰まり方と解放にも、独特の呼吸を感じる。

 もう後輩が作ってる番組なんだから任せればいいのに、相変わらず「板」の字をそのまま使うのを良しとせず、「木」と「反」をそれぞれ持ってきて長体にして組み合わさせるあたりに、やはり鬼才感が宿っていると思わざるを得ない。↓

 今度加筆するのはいつになるだろうか。また動きがあり次第、書き足して行きたい。

 板谷氏へのリスペクトを捧げているのは小生だけではない。

 深夜1時46分、汐留からのツイートに熱くなった。

〜2022年9月加筆〜

 さて、フジテレビを退職した板谷氏。いよいよ書家としてやっていく覚悟を決めた。
 それがこのホームページである。

 巨・大作書道家…とは見慣れぬ肩書きである。
 続けて、書家としての名前が「板谷栄司 with 鯖大寺鯖次朗」とある。

 どういう意味なのかは、この後yahooニュースになった記事で判明する。

〜2023年加筆〜

 2023年1月、こんな記事が出た。

 まず前編。

 そして後編。

「売り込んだんですか?」と失礼なことを聞いたら、
「向こうから取材させてーって」来たとのこと。

 板谷氏は、「板谷栄司 with 鯖大寺鯖次朗」にした由来をこんなふうに語る。

「釣り好きで、特に鯖好きの私はシャレで、藤子不二雄を勘違いの勝手な解釈風にアレンジして、鯖大寺鯖次朗(1993年〜)と名乗っていました(笑)。だからディレクター、プロデューサー時代の自分の経験を側で見てきた、鯖大寺鯖次朗にもこれから書道家として共に歩んで欲しいので“板谷栄司with鯖大寺鯖次朗”と名乗ることにしました。2022年大晦日、『紅白歌合戦』でユーミンが見せてくれた松任谷由実with荒井由実にはビックリしましたが、巨人ユーミンと比べても仕方ないですが、自分も大丈夫だと変な自信になりました(笑)。『自分が迫る書道の世界はこれです!!』を一年近くかけてじっくり練りに練ったので、2023年は遂に30年の時を経て、本格始動します。これまでの経験が作品に全て昇華されていたら、これほど嬉しいことはありません」。

 本人がそう語るように、2023年、インスタグラムの開始。

さて、次はいつ加筆することになるだろうか。

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