勇者鎧伝 第1話

【あらすじ】
魔神の討伐と引き換えに命を落とした主人公のガイは、女神の加護で新たな命を得て転生するはずだったが、どういうわけか愛用の鎧に魂が宿ったリビングアーマーとして蘇ってしまう。
しかも目覚めたときには二十年が経過しており、更にガイの名を騙る偽物までもが現れていた。
ガイはかつての仲間の弟子である魔法使いのステラの協力を得て、奇妙な転生の原因究明と、偽者の正体の解明に乗り出した。
ところが、ガイを待っていたのは衝撃の事実。
偽者の正体はガイの死体を乗っ取って復活した魔神だった。
魔神は不完全な復活ではガイに勝てないと悟るや否や、強制転移魔法を発動。
ガイとステラを見知らぬ土地へ飛ばしてしまったのであった。

【本文】
――結論から言おう。俺は死んだ。
厳密には、今まさに命を失っている真っ最中だ。

石造りの床に仰向けで投げ出した手足から、どんどん力が抜けていく。
出血が止まらない。目の前が真っ暗だ。全身が冷たくなっていくのが分かる。

薄れゆく意識の中、これまでの出来事が脳裏に浮かんでは消えていった。

今から一年前、王宮仕えの戦士だった俺は、オリエンス王国の王子であるアレックスの誘いを受けて、隣国の地下深くに封印された魔神の討伐に乗り出した。

俺とアレックスは仲間を増やしながら旅を続け、遂に魔神が眠る地下遺跡まで辿り着き、復活寸前だった魔神と壮絶な死闘を……ああ、駄目だ、どんな戦いを繰り広げたのか、もう思い出せない。

血を流しすぎたせいで、頭が働かなくなってきたらしい。

確かなのは、戦いの中で俺が致命傷を負ったこと。
そしてアレックスが魔神にトドメを刺したことだけだ。

経緯はともかく、俺達は成し遂げた。魔神を打ち倒したのだ。
その犠牲になって死ぬのなら、まぁ悪くない結末だ。

もちろん、未練は山程ある。死ぬまでにやりたかったことは数え切れない。
たった二十余年の人生で、後悔一つ残さない奴なんているわけがないだろう。

それでも俺は、目の前に迫る死を自然と受け入れていた。

命と引き換えにする価値がある偉業だったから? ……これも理由の一つではある。

だけど一番の理由は、もしもの場合に備えた『保険』があったからだ。

転生の加護。天の女神が俺達に授けた、一度限りの奇跡。

万が一命を失っても、人格と記憶を引き継いで新たな肉体で生まれ変わることができる、とか何とか。

詳しい原理は知らない。魔法だの奇跡だのは専門外だ。

とにかく、死んでも次があるというのなら、大袈裟に絶望する理由もない。

不安材料があるとすれば、一体どんな肉体で生まれ変わるのか全く分からないことだけれど、次の人生を得られるなら安いものだ。

無事に転生できたら、まずはアレックスに会いに行こう。
あいつのことだ。どうせ俺を死なせて落ち込んでいるに決まっている。
新しい身体を見せてやって、それから――

◇ ◇ ◇

――次に意識を取り戻したとき、俺は視界いっぱいの青空に目が眩みそうになった。

白い雲が少しだけ浮かんだ真っ青な大空。
予想もしなかった光景に、まるで言葉が浮かんでこない。

さっきまで地下遺跡の最深部にいたはずだ。一体何が起きたというんだろう。

困惑しながらゆっくりと身を起こす。

身体が重い……ような気がする。まるで自分の身体じゃないみたいだ。

ふと気がつく。地面が揺れている。ガタガタ、ゴトゴト、小刻みに。

いや、違う。これは荷馬車だ。地面じゃなくて荷台が揺れているだけだ。
どうやら、俺は荷馬車の荷台に寝かされて、どこかに運ばれている最中だったらしい。

荷台に座り込んだまま、周囲を見渡す。
現在地はどこかの森の近く。見覚えのない風景だ。

整備された街道ではない。
路面も酷くデコボコで、普段は人が通らない場所だと一目瞭然だった。

少なくとも、魔神の遺跡があった土地ではないようだ。
あの島の動植物は魔神の影響で醜く歪められ、目に映るもの全てが禍々しく、吐き気を催すほどに悍ましかった。

こんなに穏やかな風景とは似ても似つかない。

「……俺は、一体……何があったんだ……」

視線を遠くから近くに戻し、今度は自分の周りを軽く見渡す。

荷台には古びた武器や甲冑の残骸が山積みになっていた。

商人が仕入れた骨董品というにはボロボロ過ぎる。
かなり長いこと打ち捨てられていたものを、片っ端からかき集めて積み込んだといった雰囲気だ。

そこまで思考を巡らせたところで、俺はようやく自分の身体に視線を落とした。

見慣れたデザインの無骨な全身甲冑。もちろんフルフェイスの兜付き。
大柄な俺に合わせた寸法で作られているので、子供なら身体を丸めれば胴体に隠れられるくらいの大きさがある。

魔神討伐のためにアレックスが手配してくれた、特別製の一点物だ。

思っていたよりもボロボロになっているのは、魔神との死闘でダメージが蓄積してしまったからだろう。

もしも、俺が魔神との戦いで命を落とし、新しい身体で生まれ変わっているのだとしたら、この鎧を身につけているはずはない。

……ああ、そうか。
恐らく俺は、死んでいなかったのだ。

魔神との決戦が終わってすぐに意識を失い、そのまま治療を受けて、どこか遠くの安全な場所まで運ばれている……こう考えれば辻褄が合う。

そうと分かれば、搬送してくれている連中にお礼の一つでも言わなければ。

俺は荷台の上で身を捩り、馬車を先導する徒歩の集団の方に向き直った。

荷物を満載にした荷馬車は徒歩とあまり変わらない速さだ。

「おーい! どこの誰かは知らないけど、ありがとな! 助かった! ところで、アレックスは無事か?」

俺としては、無害で無難な挨拶のつもりだった。

ところが、馬車の護衛達は一斉にこちらへ振り返ったかと思うと、まるで幽霊でも見たかのように顔を強張らせ、顔を真っ青にして悲鳴を上げた。

「ひいっ!?」
「うわああああああっ!」
「え、ちょ、なんで悲鳴……のわあっ!」

パニックを起こした御者が手綱を振るい、荷馬車を急加速させる。
俺はそのせいでバランスを崩して、荷台から転がり落ちてしまった。

走り去る暴走荷馬車。徒歩の連中も全力疾走で逃げ出し、あっという間に後ろ姿すら見えなくなった。

「……何だったんだ、今の……」

地面に投げ出された格好のまま、誰に聞かせるわけでもない呟きを漏らす。

間違っても怪我人が意識を取り戻したときの反応じゃなかった。
まさか死体だと勘違いされていたんだろうか。だとしたら酷い話だ。

内心で愚痴をこぼしながら立ち上がる。

すると、一人の少女が腰を抜かして逃げ遅れているのが視界に入った。

「あわわわわ……」

金髪のミディアムヘアで体格は小柄。
装備品はローブに魔法の杖という典型的な魔法使いの装いだ。

貧しい旅人や流民でもなければ、食い詰めた傭兵というわけでもない。

ローブの下に着込んだ服は意外と洒落ていて、それなりに豊かな家柄の出身だということが伺える。

「ゆゆゆゆゆ、幽霊ですか! それとも魔物ですか!?」
「ファントムでもリビングデッドでもねぇよ。いいから落ち着けって。俺は人間だ」
「そんなこと言って、騙されませんよ! だって、だって……!」
「落・ち・着・け!」

混乱する少女を落ち着かせるため、俺はその場にどっかりと座り込んで、腰に下げていた剣を手の届かないところに投げ捨てた。

すぐには立ち上がれない姿勢で、すぐには拾えない場所に武器を置く。
これで危害を加えるつもりがないことは伝わるだろう。

「俺はガイ。オリエンス王国の王宮付戦士だ。あんたは?」
「ひゃいっ!? え、あっ、ステラです! 魔法使い見習いで、今は修行として冒険者やってます!」
「ボウケンシャ?」

聞き覚えのない単語に小首を傾げる。

いや、意味は分かる。言葉の通り、冒険をする奴のことだろう。
だがステラの発言は、まるで『冒険者』という職業があるような言い回しだった。

「まぁいいか。とりあえず、いくつか質問させてくれ。まず、どうして俺は荷馬車で運ばれてたんだ? てっきり怪我人として保護されたんだと思ってたんだが……その様子だと、俺が生きてることすら気付いてなかったんだろ?」
「ええと、まぁ、はい……そういう風に言えなくもないですね……」

俺に怯えたりはしなくなったけど、何だか妙に歯切れの悪い反応だ。

「……私達は、センチネル・シティを拠点にしている冒険者パーティーです。といっても、今回の遠出のために作った、即席のパーティーなんですけど。小銭稼ぎのつもりでデモニカ遺跡に潜ったら、色んな骨董品の他に立派な甲冑が落ちていて……」
「デモニカ遺跡? ああ、魔神が眠ってた遺跡の別名だったか。いくら魔神が討たれたからって、度胸があるというか無謀というか。しかも鎧の中身を確かめずに持ち帰ったと。それとも死体ごと持ち帰ればいいやって思ったのか?」
「え、いや、そんな危険ってわけじゃ……」

冒険者というのは遺跡荒らしのことなのだろうか。

俺が意識を取り戻すまでに何日掛かったか知らないが、魔神が討たれて早々に遺跡荒らしをやろうとするなんて、勇敢なのか向こう見ずなのか判断に困るところだ。

「待てよ? そうすると、逆にアレックス達が心配だな」

アレックスが俺の生死をどう認識していたのかは知らないが、どちらにせよ俺を地上まで運ぶ余裕はなかったということだ。

「……あのー、さっきから、なんか話がズレてる気がするんですけど……」
「ズレてる?」

何やら怪訝そうな顔をするステラ。
一体何がおかしかったのかと聞き返そうとした次の瞬間、凄まじい爆発音が地面を揺らした。

「――――っ!?」

他の連中が逃げていった方角に火柱が立ち上り、そしてすぐに消え失せた。

「……今のは……」
「センチネル・シティの方角です! まさか……!」

突然、ステラは火柱が起こった方に向かって駆け出した。

「お、おい!」

投げ捨てていた剣を拾い上げ、ステラの後を追って走り出す。

死にかけたせいだろうか。妙に身体が重い。手足を動かしにくい。
普段なら鎧を着ていても全力疾走できるのに、まるで鎖で雁字搦めにされている気分だ。

しかし幸か不幸か、ステラはそんな俺よりも更に足が遅く、すぐに追いつくことができた。

「おい、待て! 何かあったんだ! 危険だぞ!」

ステラは振り返ることなく走り続けている。

「街の皆が危ないんです! 私、聞きました! 街の近くで、古代兵器が発掘されたって! それが暴走したんだとしら……逃げるわけにはいきません!」
「……ええいっ! どっかの誰かさんみたいなこといいやがって!」

いくら俺でも、この状況でステラを止めたり見捨てたりできるほど、薄情な人間じゃない。

森の近くの丘を駆け上がった俺とステラは、すぐさま火柱の原因を知ることになった。

遠くに見える街がセンチネル・シティだろう。

俺達が立っている丘とセンチネル・シティの中間辺りには、地面に大きな亀裂が走っていて、そこに露天の発掘拠点らしきものが設けられている。

そして大地の亀裂の中から、炎を纏った巨大な影が姿を現そうとしていた。

常人の数倍はあろうかという鋼の巨体。
獣のような四本脚の下半身と、人間のような二本の腕を持つ上半身。
顔と左右の掌に埋め込まれた巨大なレンズ状の部品。

「アーク・ガーディアン!? なんで地上に出てきてんだ!」
「知ってるんですか、ガイさん!」
「数あるゴーレム系人造魔獣の中でもとびっきりの特別製……魔神が眠る地下遺跡の番人だ。全部ぶっ壊したもんだと思ってたが……」

地上に出たガーディアンの単眼が光り輝く。

そこから放たれた一条の光が地表に当たるや否や、凄まじい爆発が巻き起こった。

「ひいいっ……!?」
「デモニック・レイ。相変わらずとんでもない威力だな」
「あんなのが街に当たったら……」

情けない悲鳴を上げたばかりのステラの顔が、にわかに勇気と決意で引き締まる。

「でも、私なら防げます! 防御魔法だけなら免許皆伝です!」
「……ったく! 知らねぇぞ!」

ステラを形に担いで一気に丘を駆け下りる。

「ひゃあああああっ!」

また情けない悲鳴を上げているが、泣き言を聞くつもりはない。

今の俺に出せる全速力で平地を走り抜け、第二射の照準をセンチネル・シティに定めつつあるガーディアンの前に回り込む。

「間に合った!」

同時にステラが俺の腕を振り切って、転びそうになりながら地面に降り立ち、魔法の杖をガーディアンに振り向けた。

「やれ、ステラ!」
「障壁展開! バリアウォール!」

ガーディアンが破滅の光を放とうとした瞬間、俺達の眼前に透明な魔力の壁が生成される。

直撃する光線。
至近距離で凄まじい爆発が巻き起こり、障壁が粉々に砕け散る。

しかし、光線の破壊力は全て障壁の破壊に費やされ、背後のセンチネル・シティには飛沫一つ届かなかった。

「やった! できた!」
「やるじゃねぇか!」

俺とステラの歓喜の声が重なる。

だが、根本的な問題はまだ何も解決していない。

ガーディアンが頭部を動かし、ギラリと光る頭部レンズをこちらに向ける。

「あれ? 私達、狙われてます?」
「そりゃ狙うだろ。邪魔したんだし」
「……ですよねぇ!」

三発目のデモニック・レイが俺達めがけて放たれる。

ステラは魔力消耗の負荷に顔を歪めながら、再び魔法の防壁を展開してそれを防ぎ止めた。

一見すれば互角の戦い。
しかし実際にはステラが圧倒的に不利だ。

ガーディアンのエネルギーが尽きるのが先か、ステラの魔力が尽きるのが先か。

そんなの比べるまでもない。
人間であるステラの方がずっと早く力尽きるに決まっている。

だから、ここから先は俺の仕事だ。

射撃直後のガーディアンは排熱のために動きが鈍る。

俺はその隙を突き、半獣半人の鋼の巨体を瞬く間に駆け上がって、腰の鞘から抜き放った剣を顔面のレンズに突き立てた。

分厚いガラスが割れ、その内部の機構を切っ先が押し潰す。

「アーク・ガーディアンなら何機も倒して来たっての」

悶え苦しむように暴れるガーディアン。
俺は次の一手を打つために、ガーディアンの肩から飛び降りた――のだが。

「のわっ!?」

着地の瞬間、右脚の膝が変な方向にぐにゃりと歪む。

骨が折れたなんていう生易しいものじゃない。

関節が破滅的な角度でねじ曲がり、そのくせ痛みどころか違和感すら微塵も伝わってこない。

異常事態に気を取られた瞬間、ガーディアンの獣型の前脚が俺を薙ぎ払った。

咄嗟に防御を固めたはずなのに、どういうわけか衝撃を上手く受け止められず、抵抗虚しく身体が中に浮く。

「がっ……!」

弧を描いて吹き飛ばされていく最中、俺は確かに見た。

俺の腕が、脚が、バラバラになって飛び散っていく様を。

四肢を失った胴体が地面に激突し、その衝撃で首から上だけがもげ落ちる。

ごろごろと回る視界。転がる頭。

やがて俺の目に映ったのは、無惨に解体された甲冑の部品が、無造作に地面に散らばっている光景だった。

「……おい……なんだよ、これは……」

俺は、がらんどうだった。
肉体が甲冑ごと砕け散ったんじゃない。
空っぽだったんだ。最初からずっと。

ついさっきのステラの態度が脳裏を過ぎる。

俺が「生きていることに気付いていなかったんだろう」と言ったとき、ステラは妙に歯切れの悪い反応をしていた。

当然だ。反応に困るに決まっている。
俺が動いて喋っただけで、腰を抜かすくらい驚くに決まっている。

ステラ達にしてみれば、死んでいるとか生きているとか、そんなのは考慮できるわけがなかったのだ。

あいつらが回収したのは、空っぽの鎧に過ぎなかったのだから。

「ガイさん!」

アーク・ガーディアンが片手を俺に向ける。

掌に埋め込まれたレンズ状の部品が光り輝き、横殴りの雨のような拡散型のデモニック・レイが発射される。

先程の強烈な一条の光線とは違う。小さな光弾を連射し続ける面制圧攻撃。

だがそれは、ギリギリで駆けつけたステラの障壁に防ぎ止められた。

「大丈夫ですか!?」
「……生きてるよ、一応な……」

四肢を動かそうとすると、遠くに落ちた腕と脚が僅かに動く。

頭部と胴体が泣き別れしているというのに、身体を動かそうとする思考は届いているらしい。

「転生の加護、か……そういやあいつら、人間に生まれ変われるとは言ってなかったな……だからって、いくらなんでも……リビングアーマーってのはナシだろ……」

リビングアーマー。動く鎧。生ける鎧。

魔物としてはさして珍しい存在じゃない。俺も数え切れないくらい戦ってきた。

ゴーレムと同じく古代文明の兵力だとか労働力だとか言われているが、そんなことはどうでもいい。

――俺は魔神との戦いで死んでいた。
そして転生の加護が発動し、俺が着ていた鎧を新たな肉体に、リビングアーマーとして生まれ変わらせたのだ。

「立てますか! ていうか、動けますか!? 今のうちに逃げて……くうっ!」

ガーディアンがもう片方の手もこちらに向け、降り注がせる光弾の雨を倍増させる。

ステラの防壁は光弾の一発一発を受け止めるごとに削られ、砕かれ、着実に破壊されつつあった。

「俺のことはいい! お前が逃げろ!」

バラバラのまま声を張り上げる。
頭だけで叫べる理由は考えるだけ無駄だ。

「嫌です! 絶対に置いていったりしませんから! ていうか、ここで逃げたらセンチネル・シティが!」
「これだけ派手に暴れまくってるんだぞ! とっくに避難してるはずだ!」
「逃げられない人だってたくさんいるんです!」
「……故郷を守りたいって気持ちは分かる! だけどな! 死んじまったら元も子も……」
「故郷じゃありません! 先週来たばっかりです!」

想定外の返答に思わず絶句してしまう。

縁もゆかりも無い、出会ったばかりの動く鎧のために、ただ立ち寄っただけの街のために、こいつは命を懸けられるのか。

「だけど、そんなのは! 見捨てる理由になんかなりません! 街も、あなたも!」

――その言葉を聞いて、不意に過去の記憶が蘇る。

『そうだね、ガイ。君の言う通り、セントラル王国はこの国……オリエンス王国にとって大昔からの宿敵だ。あの土地で苦しんでいる人達も、僕達にとっては縁もゆかりも無い赤の他人ばかりかもしれない。けれど、それは見捨てる理由にならない。僕はそう思っているよ』

一年前、アレックスはそんなことを言って、俺を魔神討伐の旅に誘った。

正直なところ、見捨てる理由だの何だのといった話は、いまいち実感が湧かずにピンと来ていなかった。

俺が気にしていたのは、ただ一つ。
戦うことだけしか能のない俺が、アレックスの理念を微塵も理解できていない俺が、そんな大事業の役に立てるのか、ということだけだった。

それを率直に伝えてみたら、アレックスは人好きのする笑顔でこう答えた。

『君はそれでいいんだ。皆が僕みたいな考え方をしてたら、それこそ世界の危機って奴だよ。足りないものは補い合えばいい。僕には君の強さが必要なんだ。困ったことに、僕には足りていないものだからね』

腕っぷしだけしか誇るものを持たない俺が、世界を守るために必要とされている。

誘いを受けて命を懸ける理由としては、充分すぎるほどに充分だった。

それなのに――ああ、なんだこの有り様は!

「くそっ! 動けっ! 動けってんだ!」

バラバラになった手足を必死に動かそうとするが、まるで芋虫が這いずるような速さでしか動いてくれない。

人外に転生してしまったこと自体は、まだいい。
死ぬよりはマシだと思って受け入れよう。

だけど『弱い』のは耐えられない。それだけは受け入れられない。
生身に勝っているのはバラバラになっても死なないことくらいだが、そもそも本来の俺の肉体なら、あの程度の攻撃でくたばったりはしなかった。

自慢の強さをまるで発揮できず、たった一人の少女すら守れないどころか、その少女にあんなに必死な顔をさせて守られている――ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。自分自身への憤りが煮え滾って止まらない。

何が王国最強の戦士だ。何が魔神に立ち向かう鎧の勇者だ。鉄屑にも劣る醜態だ。

「こんな有り様じゃ……あいつに会わせる顔が! ないだろうが!」

そのときだった。
一発の光弾が防壁を突き破り、真正面からステラに襲いかかったのは。

砕かれた魔力防壁の破片。迫りくる光弾。

世界全体が、まるでスローモーションのように感じられた。

やらせてなるものか。この兜を、頭を盾にしてでも。
頭の中がその思いだけで塗り潰された瞬間、今まで体験したこともない感覚が全身を駆け巡った。

(――なんだ? 何が起こって――)

身体が細かく砕け散っていくような、あるいは空気に溶けていくような。

いや、違う。錯覚なんかじゃない。

バラバラになった手足や胴体も含めて、甲冑を構成する全ての部品が光の粒子に変貌し、光弾よりも速くステラの周囲に殺到する。

「きゃあっ!?」

炸裂する光弾。巻き起こる魔力の大爆発。

その閃光が消えた後に現れたのは――見たこともない鎧に身を包んだ、ステラの姿だった。

より正確に言うなら、全く違う形状に変わった俺自身が、自分の意志とは無関係にステラの身体を覆っている。

元々の全身甲冑とは似ても似つかない。
装甲に守られた範囲は驚くほど狭く、ステラが元々着ていた服まで変化しているせいで、踊り子か何かの衣装じゃないのかと思えるほどに肌の露出が多かった。

しかしその代わりに、装甲の薄さを補う『盾』がステラの周囲に浮かんでいた。

それは比喩表現ではなく『盾』そのもの。

人間を多い隠せるほどに大きな四枚の金属盾が、まるでステラを護衛する従騎士のように、ガーディアンの射線を塞いでいる。

ああ、俺には分かる。あの宙に浮かぶ盾も鎧の一部、俺の一部だ。

「なっ……何なんですか! これはぁー!?」

真っ赤になって絶叫するステラ。まぁ、当然の反応だ。

「俺に聞かれてもな。ていうか、俺の意識って今どこにあんだ? 額当てか?」
「さっさと元に戻してくださいよ! こんな恥ずかしい格好……!」
「まぁまぁ、見てみろよ。見てくれはアレだが、性能はとんでもねぇみたいだぞ」

慌てふためくステラと気の抜けた会話を交わしている間にも、四枚の盾は俺の意志に従って空中を動き回り、ガーディアンの光弾の雨を一発残らず受け止めていた。

しかも、防御範囲は盾の表面だけじゃない。ステラの魔法とよく似た魔力防壁が、それぞれの盾を中心として発生し、見た目以上の広範囲を完璧に守り抜いている。

「す、すごい……」
「何が起きたのかは知らねぇが、鎧は誰かに着られてこそってわけだ」
「……誰かに? それって……」
「どうも今の俺は、お前のための鎧ってことらしい。自分を護る装甲はこのザマなくせに、他の奴らを護るための盾は鉄壁ときた。俺の趣味じゃねぇけどよ、お前のやりたいことにはピッタリなんじゃねぇか?」

ステラが拳をぎゅっと握り締める。

突然の事態への驚きも、やたらと薄着な格好への戸惑いも鳴りを潜め、高揚感に胸を高鳴らせているのが伝わってくる。

この力さえあれば、護りたいのを護り抜ける――そう思っているのが丸分かりだ。

「悪いが、俺にできるのはお前を守ってやることだけだ。後は分かるな?」
「アーク・ガーディアンを倒すのは、鎧を着た私の仕事……そういうことですね」
「ああ、そうだ。どうやらお前に着られてる間は、あの盾くらいしか自由に動かせねぇらしい」
「……分かりました。攻撃魔法は得意じゃありませんけど、防御を全部丸投げして、攻撃だけに全神経を集中できるなら……きっと、できます」

光弾の雨が魔力防壁に降り注ぐ中、ステラは細身になった剣を抜き、両手で握り締めて頭上に掲げた。

「バリアウォール、最大延展、変形展開」

魔力障壁が剣を包み込み、まるで刃を延長するかのように、天高くまっすぐに伸び広がっていく。

「はあああああっ!」

ステラが気合とともに剣を振り下ろす。

長大で半透明な魔力障壁の刃が、凄まじい風切り音を立てて一直線に急降下し、アーク・ガーディアンを真っ二つに両断する。

光弾の斉射が途切れる。数秒程度の不気味な静寂。

沈黙したガーディアンは、機能を再起動させることもなく、左右に分かれて崩れ落ちた。

「や……やった! やりました! きゃあっ!?」

眩しい光と同時に、俺とステラがどちらも元の姿に戻る。
ただし、俺の場合は元の全身鎧のリビングアーマーに、ではあるが。

「あ、あの……今のは一体……」
「俺に聞くなよ。専門外だ」

呆然としたステラの問いかけに、俺も半ば夢現のまま返答する。

「そういや、お前は最初から気付いてたんだよな? 俺がリビングアーマーになってたって」
「当然です! 空っぽの鎧だと思って回収したんですから!」

ステラは不満げに唇を尖らせた。

「そもそも、あんな場所に生きた人間が倒れてるとか、誰も思いませんってば! 二十年も封鎖されてた遺跡の底なんですよ!」

……ん?

「おい、ちょっと待った。今なんて言った?」
「えっ? 生きた人間が倒れてるとか、誰も……」
「その後! 遺跡が何年封鎖されてたって!?」

思わず声を荒らげてステラに詰め寄る。

ステラは怯えと困惑に口元をひくつかせながら、耳を疑うような――とてもじゃないが信じたくないことを口にした。

「ま、魔神が討伐されてから、二十年……ですよね?」
「にじゅっ……!?」

今の俺は鎧の身体になっているから、顔もなければ表情もない。

けれどもしも……もしも生身と同じように表情を変えることができたなら。

きっと俺は、この世の終わりみたいに愕然としていたに違いなかった。


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