勇者鎧伝 第2話
――その日、センチネル・シティは夜になってもお祭り騒ぎが続いていた。
どこからともなく舞い降りて、神話の再現としか思えない力を振るってガーディアンを討ち滅ぼし、見返りを求めることなく姿を消した正体不明の戦乙女。
人々は戦乙女への感謝と興奮に湧き上がり、日が沈んでも街の灯りが消えることはなかった。
……そんな街の片隅、満員御礼の小さな酒場の一番奥まったテーブルで、俺とステラは揃って頭を抱えていた。
「二十年も……マジかよ……」
「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……!」
物々しい全身甲冑姿の俺と、上着のフードを限界まで深く被って顔を隠したステラ。
普段なら確実に不審者扱いされていたに違いないが、今は右も左も我を忘れて騒ぎまくっている連中ばかりで、幸いにも怪しまれている様子はない。
「信じられねぇけど……そう考えた方が、色々と説明できちまうんだよな……」
例えば、地上の様子。
俺が知る限り、デモニカ遺跡の周囲は魔神の魔力で歪められ、この世の地獄と化していた。
それがあんな平和になっているのも、二十年の間に魔神の影響が薄れたと考えれば、全て説明がついてしまう。
「あああ、バレたらどうしよう……」
「……いっそ名乗り出ちまったらどうだ? 街の連中も喜ぶだろ!」
「絶っ対に嫌です! あんなことになってるんですよ!?」
ステラは声を潜めて叫ぶとかいう器用なことをしつつ、酒場の中央に掲げられたスケッチ画を指差した。
それは住民達が称える戦乙女――つまり、俺を装備したステラの絵姿だった。
「よく描けてるじゃないか。絵心のある奴がいたんだな」
「全然よくありません! あんな卑猥な格好、バレたくないに決まってます!」
「今、俺のことエロ衣装って言った?」
あの姿は俺が考えたものじゃない。それだけは全力で主張させてもらうぞ。
「バレるのが嫌なら、さっさと街を出ちまえばいいのに。ここに住んでるわけじゃないんだろ? 俺の身体より簡単に解決する問題じゃねぇか」
「う……それを言うのはズルいですよ。目が覚めたら魔物になっちゃってたなんて……」
「ん? ああ、人外になったのは別にいいんだ」
「いいの!?」
「この身体は脆いのが嫌なんだよ。頑丈な魔物なら大歓迎だったんだが」
俺としてはごく自然な感想を述べたつもりだったのだが、ステラは何とも言えない表情で額を押さえていた。
「と、とにかく! 私にも事情があるんですよ! 師匠のメルキオール大導師から『デモニカ遺跡に潜って一人前に相応しい発見をしろ』って命じられているんです!」
「……待った。メルキオールって言ったか?」
ステラは不思議そうに小首を傾げてから、こくりと頷いた。
「いやぁ、そうか! お前、あのビブリオクソマニアの弟子だったのか!
嬉しさに思わず声が弾む。
メルキオールは俺とアレックスの仲間の一人で、一緒に魔神と戦った熟練の魔法使いだ。
「お知り合いなんですか?」
「まぁな! ていうか、あいつまだ生きてやがったのか。二十年も経ったらさすがにくたばってるかと思ったが……いや、待てよ? あいつが生きてるってことは……」
そうだ、いいことを思いついた。
「なぁ、ステラ。一つ提案があるんだが。俺をメルキオールのところまで案内してくれないか? あいつなら俺の身体について何か分かると思うんだ」
「えっ? でも私、まだ試験が……」
「一人前に相応しい発見なら、ここにあるだろ」
俺は親指で自分の胸部装甲を軽く叩いた。
「な、なるほど! それなら師匠も納得するはずです! そうしましょう! ぜひそうしましょう!」
ステラも目を輝かせて身を乗り出してきた。
デモニカ遺跡の地下で見つかった、人間が転生したリビングアーマー。
これを大発見と言わずに何と言うのか。
ひとまず話も纏まり、お互いに落ち着きを取り戻したところで、ステラが何気なく口を開いた。
「そういえば、どうしてガイさんは遺跡の奥にいたんですか?」
「まだ教えてなかったっけか。信じられないかもしれねぇが、とりあえず最後まで聞いてくれよ」
二十年前の出来事を――俺にとっては昨日までの記憶をステラに語って聞かせる。
オリエンス王国の王宮付戦士だった俺は、王子のアレックスに誘われて魔神デミアージの討伐の旅に出て、その中で三人の仲間達と出会った。
女神に仕える聖女ソフィア。遺跡探索のプロの盗賊ラット。
ステラもよく知っているであろう、大魔導師メルキオール。
そして俺達は、ソフィアを介して女神から転生の加護を授かり、デモニカ遺跡とも呼ばれる例の遺跡の最深部で魔神と死闘を繰り広げた。
結果はご覧の通り。魔神は討たれ、俺はどういうわけかマトモに蘇生できず、意識を取り戻した頃には二十年の歳月が過ぎ去っていた。
ちなみに、旅の過程には俺とアレックスが身分の差を越えて対等な友人関係になったり、アレックスとソフィアが甘酸っぱい関係になったりといったイベントもあったが、そこはまぁ省略してもいいだろう。
「いいえ! そこも詳しく! 特に後者!」
「何でそこに食いつくんだよ」
「だってアレクサンダー陛下とソフィア王妃の馴れ初めなんでしょう? 聞きたいに決まってるじゃないですか!」
それを聞いて、呆れと安堵が同時に湧き上がってくる。
ああ、そうか。あいつ無事に王位を継げたのか。
しかもちゃっかりソフィアと結ばれているときた。
心の底から安心した。胸のつかえが一つ取れた気分だ。
「にしても、意外だな。こんなにあっさり信じてもらえるとは思わなかったぞ」
「そりゃ信じますよ。だって、師匠のこと『ビブリオクソマニア』って呼んでたじゃないですか」
予想もしない一言が飛び出してきて、思わず面食らう。
「昔、師匠から聞いたことがあるんです。魔神討伐の旅の仲間から、そんな渾名で呼ばれてたことがあるって。だから確信しました。あなたは正真正銘、鎧の勇者ガイ・サージェントだと。これで納得してもらえますか?」
「……メルキオールのおかげか。今も昔も、あいつには世話になりっぱなしだな」
かつての仲間くらいしか知らない情報を知っていた。
なるほど確かに、説得力のある理由だ。さすがに納得するしかない。
「でも、困ったな……ガイがさんが鎧の勇者だとすると……あれ? これマズいことになるんじゃ……」
「……お、おい、やめろよ。不安になるようなこと言うなよ」
「あ、すみません! でも……いえ、ハッキリ言いますね。心して聞いて下さい」
俺は緊張しながらステラの言葉の続きを待った。
生身なら息を呑んだり生唾を飲み込んだりしているところだ。
「世間では、鎧の勇者ガイ・サージェントは、この街で生きていることになっています」
「……は?」
空っぽの頭が真っ白になる。
「はああああっ!? 何だよそれ!」
「しーっ! 騒がないで!」
焦るステラに宥められ、人目を避けるように店の外へ出て、誰もいない路地裏に場所を移す。
「……私も詳しくは知らないんですけど。五年くらい前に、どこからともなく勇者ガイを名乗る人が現れて、この街に居座り始めたそうです」
「んなもん、どう考えても偽物だろ! 何で信じる奴がいるんだよ!」
「国王陛下が否定しなかったからです」
陛下。つまり、アレックスのことか。
「大事な仲間の偽物なんか現れたら、普通は怒りますよね。でも陛下は何も言わなかった。何もしなかった。だから大勢の人が信じてしまったんです」
「アレックスが……?」
俺を騙る偽物がこの街にいる。
しかも何故か、アレックスはそいつを偽物だと指摘しなかった。
空っぽの腹の底から、偽物への怒りがふつふつと湧き上がる。
「……悪いな、ステラ。メルキオールに会いに行くのは後回しだ。ちょっと寄り道させてくれ」
◇ ◇ ◇
その夜、俺は大通りに面した豪邸の前に足を運んだ。
大通りは様々な格好をした通行人で溢れていて、全身甲冑の大男が佇んでいても大して目立たない。
ステラには悪いが、戦乙女を称えるお祭り騒ぎは俺にとっては好都合だ。
「ここは悪徳金貸しローデンの屋敷です。ローデンはガイ・サージェントの信奉者で、その居場所を知っている数少ない人物だそうです」
音量を抑えたステラの声が、俺の身体の中から聞こえてくる。
「あー……道案内してくれたのはありがたいんだが。俺の中に隠れる必要あったか?」
「もちろん! ここなら絶対にバレません!」
ステラは俺の胴体の中に潜り込んで、兜のバイザーの隙間から外の様子を伺っていた。
体格差が大きいからこそできることだが、こうまでして隠れなくてもいいんじゃないだろうか。
そのとき、不意に屋敷の扉が開いたかと思うと、痩せぎすの男がみすぼらしい身なりの男を外に蹴り出した。
「帰れ帰れ! テメェに貸せる金なんざあるわけねぇだろ!」
「そ、そこを何とか! お願いします!」
「生まれ変わってから出直しな!」
必死に縋り付く男を、痩せぎすの男が無慈悲に蹴りつける。
「あれが金貸しのローデンです。何とか接触して、偽物の居場所を聞き出せたら……あの、ガイさん? どうしました?」
俺は人混みをかき分けて柵状の正門に取り付くと、後先を考えることもできず衝動的に叫んでしまった。
「ラット! テメェ、何してやがる!」
二十年分の加齢のせいで多少容姿は変わっているが、それでも断言できる。
金貸しローデン。あれは紛れもなく、俺達の仲間の一人、盗賊ラットに他ならなかった。
ローデンことラットは訝しげにこちらを見やったと思うと、いきなり顔を真っ青にして腰を抜かした。
「ひいいっ!? よ、用心棒! あいつを捕まえろ! 絶対に逃がすな!」
「やべっ」
ラットの取り巻き達が一斉に動き出す。
俺は慌てて踵を返すと、全力疾走で人混みの中に紛れ込んだ。
「うわあっ!? もう! 何やってるんですか!」
「悪い! だけど一つ謎が解けた! アレックスが動かなかったのは、俺達の仲間が……ラットが一枚噛んでやがったからだ! それしか考えられねぇ!」
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