勇者鎧伝 第3話
その後、俺はどうにかラットの追手を振り切って、薄暗い路地裏に隠れることができた。
「ガイさん。大通りの様子、見てきました」
ローブを深く被ったステラが裏路地に戻ってきた。
「鎧の大男を探してる人が大勢いますけど、お祭り騒ぎに巻き込まれてうまく行ってないみたいですね。鎧だけでも賞金を出すとか叫んでますよ」
「悪いな、助かる。ほんと戦乙女様々だな」
「……複雑な気分です。それで、これからどうするんですか?」
ステラにストレートな質問をぶつけられ、改めて思考を巡らせる。
「ラットは俺の声と鎧だけで腰を抜かすくらいに驚いていた……つまり、俺が生き返ったと思ったか、あるいは生きていたと思ったか……裏を返せば、この街の自称ガイ・サージェントが偽物だと知っているってことだ」
「本物だと思ってるなら、こっちのガイさんのことは『鎧を盗んだ偽物』としか思えないはずですよね」
「問題は、どうやってあいつを問い詰めるか、だな」
馬鹿正直に屋敷へ引き返したところで、ラットに会える可能性はほぼゼロだ。
どうしたものかと考えながら路地裏をうろうろしていると、不意に右足が軋みを上げて、足首から下の部品が外れてしまった。
「うおわっ!?」
「あちゃー、あんなに走り回るから、負荷が溜まってたんですかね」
「お前が腹ン中に入ってたしな」
「重くないですよ!? 重くないですからね!?」
ステラの文句を聞き流しつつ、脚の先を外れた足に近付ける。
その状態で元に戻るよう念じると、まるで鉄が磁石に吸い寄せられるように、足の部品が正しい位置にくっついて関節を再構成させた。
だんだんこの身体にも慣れてきてしまったな、と内心で苦笑する。
「……いや、待てよ。これなら……!」
空っぽのはずの頭に稲妻のような閃きが駆け巡る。
「いいことを思いつた。ステラ、少し手伝ってもらえないか」
「まったく、しょうがないですね。何を思いついたんです?」
ステラはどことなく楽しそうに笑いながら、俺の提案に耳を傾けてくれた。
◇ ◇ ◇
金貸しローデンこと盗賊ラットの屋敷の正門前に、一人の少女の姿があった。
その少女はローブを目深に被り、布を被せた荷車を重たそうに曳きながら、屋敷の門番に恐る恐るといった様子で話しかけた。
「あのぉ……ローデン様のお屋敷で間違いありません……よね?」
「そうだが、何だお前は。用がないなら即刻立ち去れ」
「実はですねぇ……路地裏でこんなものを見つけまして……へへへ……」
少女は荷車の布を少しずらしてみせた。
そこにあったのは、バラバラの部品の状態で無造作に積み上げられた、古びた甲冑。
「鎧だけでも、賞金がいただけるんですよね? ローデン様に確認していただけないでしょうか」
「ちょ、ちょっと待っていろ! 人目につく場所は駄目だ! 中庭にいけ! いいな!」
門番の男が大慌てで屋敷に引き返す。
少女が指示された通り、敷地外からは見えない位置にある中庭に移動したところで、屋敷の中から痩せぎすの男が飛び出してきた。
「本当か! あいつの鎧が! 早く見せろ!」
ラットは少女を突き飛ばすような勢いで荷車の布を掴むと、力任せに引き剥がした。
次の瞬間、部品の山から飛び出してきた鎧の腕が、ラットの喉首を鷲掴みにした。
「ぐえっ!?」
「……ったく。相変わらず変わらねぇな」
荷車に積み上げられた鎧の部品が、まるで見えない手で組み上げられていくかのように、甲冑としての本来の姿を形作っていく。
「仕事中はめちゃくちゃ慎重なくせに、仕事が絡まなかったらすぐに油断するときた」
「お前……まさか、その身体……げふっ……」
持って回った言い回しはこれくらいにしておこう。
荷車の積荷はバラバラになった俺自身。
それを曳いていた少女はステラの演技。
あえて身体を分解して荷車に積み込むことで、その辺の子供が脱ぎ捨てられた鎧を見つけたという体裁を装い、審議を確かめにきたラットを取り押さえる。
それが俺の立てた作戦だ。
鎧の真贋を確認できるのはラット本人だけと予想した作戦だったが、それがまさに的中した形だ。
「おっと! 手下共は動くなよ! こいつがどうなってもいいのか?」
「なんかこっちが悪役みたいですね……!」
「似合わねぇとは思ってるよ」
「いえ、めっちゃ似合ってます」
ラットを羽交い締めにしつつ、ステラと背中合わせになって全方位を警戒する。
「さて、お前には聞きたいことが山程あるんだ。この街で幅を利かせてる『ガイ・サージェント』ってのは、どこのどいつだ? ま、どうせお前のことだ。その辺のゴロツキを偽物に仕立て上げて、金を集める客寄せにしてるだけなんだろうがな」
「く……くくく……ははは……! ひゃはははははっ!」
突然、ラットがイカれた声で笑い始めた。
追い詰められて頭がおかしくなった……というわけじゃない。
過去の経験でよく知っている。
ラットがこんな笑い方をするのは、勝利を確信したときだ。
「違う、違うぜ、ガイ。仕立て上げられたのは俺の方だ」
「……何だと?」
「魔神がくたばってお前が死んだ後、たんまり貰った報奨金を元手に商売を始めたんだが、どうにも上手くいかなくてな。いっそ盗賊団でも再結成しようかと思ってたときに、あの人が現れたのさ」
周囲を警戒していたステラが焦り混じりの声を上げる!
「ガイさん! 妙な魔力が……何かが近付いてきます……!」
「俺が『ガイ・サージェント』を飼っているんじゃねぇ。飼われているのは俺の方だ。あの人が必要とする金を稼ぐ、いわば馬車馬としてな」
脱出路として見繕っていた方向から、大柄な人影がゆっくり近付いてくる。
焦ることもなければ、急ぐこともなく、ただひたすらに悠然と。
その姿が魔力灯の明かりに照らしあげられた瞬間、俺の思考は真っ白に塗り潰されてしまった。
「ガイさん? どうしたんですか?」
「……なあ、ステラ。お前らが俺を見つけたとき、空っぽの鎧だと思ったんだよな」
「え、は、はい。それが何か……」
「じゃあ……死体はあったのか? 鎧の中に、白骨の一つでも落ちていたか?」
ステラが驚きに目を見開く。それを見ただけで返答が分かった。
デモニカ遺跡の奥底に転がっていた甲冑の中には、本来あるべきはずのガイ・サージェントの死体は存在しなかったのだ。
たとえ虫やネズミに食い荒らされていたとしても骨は残る。
甲冑には最低でも白骨が収まっていなければ理屈に合わないのだ。
そして今、その答えが目の前にいる。
「――驚いた。まさか鎧を使って蘇ったとはな」
魔力灯の下に佇む大男。それは他でもなく。
「どういうことだ。どうして――俺が、そこにいやがるんだ」
絶句するステラ。
あれは、俺だ。鎧こそ着ていないものの、紛れもなく俺自身だ。
ラットのように二十年分の加齢すら経ていない、あの日の俺がそこにいる。
「答えろ!」
「その必要はない」
もう一人の俺が片手をこちらに向ける。
次の瞬間、地獄の業火もかくやの灼熱の渦が、まるで土石流のような勢いで襲いかかってきた。
逃げる隙など一瞬もない。俺とステラはなすすべもなく飲み込まれ――
「――はああああっ!」
その全てを魔力防壁で弾き返した。
アーク・ガーディアンを打ち倒した戦乙女。
俺とステラは今一度その姿に変身し、全身を覆う魔力防壁と周囲に浮かぶ四枚の『盾』によって、もう一人の俺が放った獄炎の魔法を退けていた。
ついでにラットまで守ってしまう形になったが、もう奴を気にかける余裕もない。
「ほう! 魔鎧か! 面白い!」
もう一人の俺が口の端を釣り上げて笑う。
「今の魔法で分かったぜ……テメェ、デミアージだな」
「ええーっ!?」
ステラが絶叫に近い驚きの声を上げた。
「デミアージって、その、あの、魔神ですよね!? 陛下が討ち取ったっていう!」
「ああ。一体どんな手を使ったのか知らねぇが、俺の死体を使って蘇ったに違いねぇ」
俺の死体を使った偽物。そりゃあ騙される奴も出てくるわけだ。
外見が老化していないのも、魔法やら何やらで言い訳すれば、それなりの連中が納得してしまうだろう。
「鎧の勇者。やはり貴様は厄介だ。今度こそ死をくれてやろう」
「ガ、ガイさん! どうしましょう!?」
「怯むな。奴の復活はまだ完全じゃねぇ。この程度なら、今の俺達でも充分勝てる」
俺の肉体を乗っ取った魔神デミアージが、再び獄炎の魔法を繰り出す。
「正面突破だ!」
「はいっ!」
四枚の盾を前方に展開。
渦巻く獄炎を真正面から突破し、すれ違いざまに剣の斬撃を叩き込む。
消え失せる炎の渦。
魔神が宿った俺の肉体は、頭から肩口かけて斜めに寸断され、切り離された上部分が地面にずれ落ちた。
「うわあっ!? ご、ごめんなさい! やりすぎました!」
「いや! まだだ!」
常人なら紛れもない致命傷。
しかしデミアージは平然とした態度を崩すことなく、半分だけ残った顔をこちらに向けた。
「ふむ、現状ではやはりこの程度か。魔鎧の性能は侮れんものだ」
その場で素早く反転し、もう一太刀を浴びせるべく飛びかかる。
「仕切り直しだ。いずれまた会おう」
デミアージが片手を振るった瞬間、俺達の周囲の空間がぐにゃりと歪み、風景までもが別物に塗り替えられていく。
「強制転移魔法! そんな、あの一瞬で発動を!?」
「ラット! デミアージ! テメェら覚えて――」
空間の歪みが消え、俺とステラはどこか別の場所へと放り出された。
澄み渡る青空。どこまでも広がる青い水面。
ここがどこなのかも分からないまま、俺達は合体したまま水面に落ちていった。
「「うわあああああああっ!?」」
◇ ◇ ◇
――気がつくと、俺はステラに装備された状態のまま、波打ち際に打ち上げられていた。
「……おい、起きろ、ステラ」
「ううーん……」
ゆっくりと目を開けるステラ。
その視界に映ったのは、透き通るような青空……ではなく、それを遮ってステラの顔を覗き込んでいる、小麦色の肌をした見知らぬ少女だった。
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