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僕らは嘘をつけるだけ

初めてついた嘘はなんだったろうか

私は最初についた嘘をはっきりと覚えている

好きなゲーム機がほしくって

「普通に当たり前だよ」

「みんな持ってるんだよ」

「俺だけが仲間外れだ」

そんな小さな嘘だった

私の父は剣道をずっとやっていて
作法や筋を通すことに関しては人一倍厳しかった
小さな嘘を重ねる私に父は

「みんなの定義は」

「ゲームだけで仲間外れになる仲間なのか」

「普通は何をもって普通なのか」

と若干10歳の少年に問いかけ続けていた

いつから嘘をつくことに慣れてしまって
凝り固まったみんなと
普通に囲まれてしまったのだろう
仲間だけは本当の本物を獲得できた気もするけれど
それはゲームの中ではなかった

先日、打ち合わせを終えた帰りの電車で
最新型のゲーム機を握りしめて遊ぶ子供を見た
車窓から通り過ぎる景色や広告に目もくれず
小さな画面にかじりつく若干10歳
きっと天気の移り変わりも
興味の対象ではないのだろう
その横にいる父親であろう男性は
私より少し歳上で
負けじとスマートフォンを強く握っている

あの少年は
買ってもらえるのが普通になって
凝り固まったみんなの一部になり
ゲーム機の中に仲間を見つけているのだろう

私が最後についた嘘も父に対してだ

「今日は帰ってくるのか」

大学も卒業して2年経ったお盆に実家にいた時だった
社会人となった友人との出掛けが続いて
お盆の割に家にはいなかったからか
珍しくそんな言葉をかけられた

「帰ってくるよ遅くなるかもだけど」

「そうか」

そうして私はその日友人の家に泊まり
翌日一人暮らしをする家に
ふらっと帰ってきてしまった

あの少年は父親に嘘をつくことはあるのだろうか
欲しいものは欲しいといい
スマートフォンに視線を向けたままの父親に
与えられ生きていくのだろうか

僕らは嘘をつけるだけまともで
僕らは嘘をつけるだけ正直な気もする
僕らは嘘をつける相手がいるだけ愛されていて
また嘘をついてしまうのだろう

特に用のない今日くらい父とお酒を飲もうと思う
くだらない嘘を肴にして

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