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行ってきます、食べていってね

2月から受付事務として働くことになった。出勤時刻は8時半だが、雪で道路が渋滞し、バスが遅れるので7時前には家を出る。夫はまだ夢の中だ。彼の仕事は12時からなので、二人の生活時間帯は合わない。

夫が目を覚まし、仕事に出る前にさっと食べられるものを、いつも出勤前に用意してラップをかけておくのだけれど、一番頻繁に作るのが炒飯だ。ベーコンとネギと卵の炒飯か、もしくはカレーチャーハン。その二つを、かわるがわる、私は置いて仕事に出かける。炒飯と一緒に、カフェインレスのコーヒーも、夫用の水筒に入れておくのが私の日課だ。

なぜ炒飯なのか。

パスタやうどんなどの麺類だったら、のびて美味しくなくなってしまう。
カレーやハヤシライスは、温め直さないといけないので手間がかかる。
お弁当は、どうやらあまり好きではないらしい。

という、数々の選択肢を消去法で削除していって、最後に残ったのが炒飯なのだった。

ちなみに、私の炒飯は、ベーコンとネギのほうも、カレーのほうも、たいして手間はかかっていない。ベーコンとネギを刻み、溶き卵と一緒に油をひいたフライパンに流し、ご飯を入れて、鶏ガラスープの素、塩コショウ、マヨネーズ、醤油でさっと味付けるだけ。

カレーチャーハンのほうは、玉ねぎベーコンピーマンを刻んで炒め、そこにカレー粉とだしの素を振り入れて、ご飯をなじませ、最後に醤油をひとたらし。どちらも、十五分かからずにできてしまう。カレーチャーハンは、人によってはドライカレーと呼ぶかもしれない。

夫は、どちらも美味しいと言う。私が六時半ごろ仕事から帰ってくると、空のお皿が置いてある。夫が帰るのは、夜十時近く。昼前に炒飯を食べたきり、仕事中は何も食べない夫だから、夕食は栄養バランスのいいものを出してあげる。夫の帰りまで時間があるので、ゆっくり炊事にとりかかる。

生活時間帯の違う、私たち夫婦の平日の、ささやかなコミュニケーションが、一皿の炒飯なのである。

「行ってきます、炒飯つくったから食べていってね」

言葉にはしないけど、そういう思いをこめて、私は真冬の早朝、フライパンで調理をしている。二月も半ばを過ぎたけれど、雪の日はまだ続くだろう。早く、春が来てほしい。そうすれば、少しだけ家を出る時間を遅らせられる。

私の作った炒飯のお皿を、夫はきっと明日も、空にしてくれるはずだ。


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