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【小説】冬嵐 第8話「忘年会の夜」

第1話「拾い物」
前話「こんなに弱くて」

マガジン「連載小説・冬嵐」

課の忘年会の日は、雪こそ降らないものの、北風が吹きつける、とても寒い日だった。課の職員に派遣職員も含めた二十人ほどで、街の中心部にあるグランドホテルの朱鷺の間で会は行われた。結局出席にした俺だった。

俺が着いたのは時間ぎりぎりで、席のくじを引き「梅」と札が立った丸テーブルの一角に腰を下ろす。着いて間もなく、幹事の永田さんのうながしで、野宮課長がカンパイの音頭をとった。バイキング形式で運ばれてきた料理を、その都度取りにいきながら飲むことになる。

俺は飲めない口ではないのだが、こういう場では、控えめにする。飲みすぎると眠たくなるからだ。それに、ふだん言わなくてもいいことが、ぽろっと漏れるときもあるし。

煮込みハンバーグだとか、サラダだとか、ピラフだとかを、白い丸皿に盛りつけては席に戻り、「梅」の席にいるメンバー四人と、あたりさわりのない話をした。誰も、俺に「結婚しないんですか」などと話を振ってくることはなかったので、とてもほっとした。


それなりに良い気分になり、ほろ酔いのまま、あっという間に時間が経ち、課長や副課長のところにビールを注ぎに行き、気が付いたら、幹事の永田さんが締めの挨拶をしていた。

クロークからコートを引き取り、ホテルの入口で皆に挨拶をして、寒風ふきすさぶ夜の中に出た。


「うおっさぶっ」

独り言も、夜風の中に消える。少し歩いて、市電の駅から帰ろう、と思い、一人でてくてく歩いていたら、背後に気配を感じて振り向いた。


「島村……」


同じ課の島村咲が、息を切らしながら俺の背後にいた。追いかけてきたのか。それとも帰る方向が同じだったのか。


「矢知さん」

いつも島村は眼鏡を職場でかけているのだが、今日はかけていなかった。コンタクトも持っているのか、とどうでもいいことを考えながら、少々嫌な予感とともに聞いた。


「どしたの」
「あのっ」

あの、と言って、島村はいい澱む。普段なら、もっといらいらしていたけど、酒の酔い気分も手伝って、今日はそこまで、癇にはさわらなかった。島村が、手に持っていた紙包みを、俺に向かって、おそるおそる、といった調子で差し出す。


「あのこれ、マフラーなんです。クリスマスが、近いから、って思って。手編みではないんだけど、すごく、あったかい、いいものなんです。良かったら、受け取ってくれませんか」

すうっと、酔いが引いていくのがわかった。俺は、観念して、言葉を繰り出す。


「ごめん、俺は、君とは……」

そう断り文句を言いかけてすぐ、島村が言った言葉に、俺は凍りついた。

「私、矢知さんの彼女さんが亡くなったこと、知ってます」

なんで、と言いかけた口の中が、渇く。


「――すみません、給湯室で、噂されてるの、聞いてしまいました。私じゃ傷をふさぐのに力不足なの知ってます、でも矢知さんが好きなんです、私のことをどれだけ利用してもいい、そばにいさせてください。私はあなたの助けになりたい」

そこまで一息に言われて、俺は、ちょ、ちょっと待ってくれ、と思った。

島村が、俺を、助けたい――?

そうか、島村にとっては、俺は「助けられるべき」存在なんだ、と思ったとたん、言いようのない羞恥心と、複雑な思いが、胸の内を満たした。

「別に君の助けはいらない」

口から出た拒絶の言葉は、自分でも刃のように鋭い語感で、夜の中に響いた。


「俺は助けられたいなんて、思ってないから」
「矢知さん」


島村が食い下がった。


「私は、矢知さんのそばに、いたいです――」


「ごめん。俺は、君に応えられないから。やっぱりタクシーつかまえて帰る、島村も気を付けて帰って」


俺はそう言い残し、ちょうど通りがかったタクシーに急いで乗り込むと、自宅住所を早口で言い、タクシーの後部座席に背中を預けて、大きく息をついた。ほんと、俺、いろんな意味で最低だな、と思う俺の気持ちを振り切るように、タクシーは夜のネオンや明かりの中を、走っていくのだった。

第9話「缶紅茶」

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